「よお。具合どう?」
「どうして晴太が俺ん家知ってるんだよ」
「ちょっと柚くん、その言い方はないでしょ。せっかく来てくれたのに」
「いえ、別に大丈夫です」

 ごめんなさいね、上がってゆっくりしてもらえたらいいんだけど。全然似ていないけれど柚月のお母さんだろうか、申し訳なさそうに頭を下げて、廊下の奥へ消えて行った。

「うちのクラスの図書部に頼まれたんだよ。その本、次に予約入ってるらしくて。仲良いみたいじゃんあんた達、つって」
「ああ、今日中に読むわ。で、俺ん家どうして」
「保健室の先生に聞いてみたら知ってた。そういうことなら早く行ってあげてってさ。皆、人使い荒いよな」
「晴太に頼みやすいからだよ」
「そうかあ?」
「そうだろ」

 とりあえず、ごめん。ありがと。もごもごと小さく礼を言いながら、柚月は晴太から本を受け取った。
 晴太の目に、柚月の寝癖が映る。保健室でも同じところに寝癖が付いていた。

「なんか、飲んでくか」
「気にすんなよ。寝てたんだろ? いつ学校に来られそうだ?」
「だいぶ良くなったから、明日には行けると思う。今日中に読んじゃって、返したいし」
「よく見なかったけど、何の本借りたんだ?」
「ああ。次の演劇部の脚本も頼まれてさ。その資料だよ」
「次の仕事も決まってるのかよ。売れっ子じゃん柚月」
「そんなんじゃねえよ」
 相変わらず口の悪い柚月に、晴太はほっとする。どこまで聞いて良いのかも分からないけれど、出来ることなら柚月のことをもっと知りたい。

「柚月が大丈夫になったらでいいから、うちに来いよ。そんなに遠くないからさ」
「……おう」

 柚月の頬に、さっきより赤みが戻っている。それを確認したところで、晴太は早々に引き上げることにした。また柚月の具合が悪くなったらいけない。
「じゃな。また学校で」
「おう」

 玄関のドアを開けもう一度振り返ると、柚月は本を抱えていない方の手を小さく上げた。晴太も手を上げ返す。柚月の家を出たところで、晴太は口元が緩むのを抑えきれない。
 同じ時、ドアの閉まった玄関の向こうで柚月が顔を赤らめていたことに、もちろん晴太は知る由もないのだけれど。