二学期になって校内に生徒の数が戻ったせいか、夏休み中より学校の居心地が悪い。
柚月は体育の授業中、サッカーのボールを足で受け止めようとしてひっくり返り、保健室のベッドで天井を見上げていた。
 どうしてこうも運動能力がないのだろう、と今更自分を恨んでも仕方ないのだけれど、クラスメイトは、今頃楽しく授業を受けているのだろうと思うと、柚月は少しだけやるせない気持ちになる。別に、いいんだけど。

 まあ、でも俺だって得意なものはあるしな。
 もうすぐ始まる進路相談。子供のいない伯母さんは、教師との面談で何を話せばいいか分からず戸惑っている様子で、もし帰国出来るなら進路相談くらい出なさいよ、と国際電話で自分の妹である柚月の母に説教をしていた。
 電話の向こうでは、母が
「柚は書くことが得意だから、小説家になれば良いのよ、って先生に言っておいて」
 なんて気軽な調子で返していて、
「あんた自分の子供になんて適当なの!」
 とさらに伯母さんから怒られていて、柚月は笑った。

 夏休みのあの感覚はあっという間に思い出となり、現実に目を向けなければいけない日常生活に戻っていた。
 晴太とは、夏休み後半から毎日のように顔を合わせては、学食で話をするようになっている。

「なあなあ、脚本てどんなの書いてるんだ? 見せてよ」
 晴太からしきりにせがまれ、
「やだよ。恥ずかしい。第一、演劇部が文化祭で使うんだからな。部外者には見せられねぇよ」
「そこを何とか。ちょっとだけ。な?」
 柚月が断っても、晴太はめげずに上目遣いで手を合わせる。折れた柚月は、「笑うなよ?」と渋々ノートを晴太に見せた。
「え、これ。全部一人で書いたのか?」
「そうだよ」
「めちゃくちゃ面白いじゃん!」
「そうかな」
「うん。文化祭、ぜってぇ観に行くよ!」
「……おう」

 なんとか最後まで書き上げてみたものの、クライマックスの展開に正直自信がなくて演劇部に渡せないでいた。
 晴太がどこまで理解出来ているかは知らないけれど、あの青空のような笑顔で「面白かった」と言われたのが、柚月の中で大きな力になったのは確かだ。

 晴太に見せた後、何度も推敲を重ねて脚本を完成させた。演劇部の皆も満足してくれたようだ。ひとつのことをやり遂げた経験は、高二の夏休みを特別なものにした。

「俺だけずるくねぇ?」
「え、何が?」
 夏休み最終日。特別な時間の最後の日。どちらからともなく待ち合わせている学食のテーブルで、柚月は切り出した。

「晴太の撮った写真も見せろよ」
「おれの?」
「カメラ。お兄さんのだっけ。撮ってるんだろ?」
「うん、適当に……。でもおれ自己流だし」
「俺だって自己流だよ」
「だけど、まだ写真本当にやりたいかどうかなんて分かんねぇし」
「いいじゃん、それでも」

 晴太って他人を褒めるのは上手いけど、自分のこととなると急に消極的になるのな。
 晴太のカメラを見せてもらう約束を取り付けた柚月は、自信なさげな晴太の顔を思い出して、保健室のベッドでくすりと笑った。晴太と出会ったこともまた、柚月の中で特別なものになり始めている。

 なんだか元気になってきたかな。柚月は、ベッドの中で大きく伸びをした。