「本を書く人になりたいのか?」
 そう聞かれて、柚月は戸惑った。本が好きだから脚本の話を受けた。書くことによって何かが満たされていくような実感は、確かにある。けれど、自分がこれからも本を書いていきたいかと言われれば、即答は出来ない。

 て言うか、何なんだこの入江晴太。保健室の一件以外に関わりのなかった晴太が、答えに詰まるような質問をしてきたのに柚月はむっとする。なんでこいつの質問で、俺がこんなに悩んでいるんだ。

 しかも目の前の晴太は、答えられずにいる柚月を急かす訳でもなく、まるで珍しい生き物でも見るかのように楽しそうな視線を送ってくる。俺の話なんか聞いて何が楽しいのだろう。柚月は残っていたオレンジジュースを飲み干すと、
「分からねぇ」
 素っ気なく一言だけ返す。返したあと、あ、今のは素っ気なさ過ぎたかなと思い、少し躊躇いがちに
「晴太はサッカーの他にやりたいことがあるのか」
 と質問をした。家族以外でこんなに会話が続いたのは、久しぶりだ。

「え、おれ?──うん。まだそれがやりたいことなのか分からないんだけどさ」
 逆に質問が返ってくると思っていなかったのか、晴太は一瞬面食らったような表情を見せた。
「サッカーより気になるんだろ?」
 柚月がそう続けると、晴太は目を軽く見開きそして笑った。
 柚月はその顔を思わず見つめる。自分の発した言葉によって晴太の表情が変わった瞬間、柚月の心がトキン、と小さく動いた気がしたのだ。

「気になる。うん、ちゃんとやってみたいかもしんない。おれ、どうやって親に言おうか迷ってたんだよ。サッカー部もさぁ、ウェアとかシューズとか、結構お金使ってもらってたし」
「それならバイトでもして返せばいいじゃん」
「まぁな。ぶっちゃけ練習頑張っても、それ以上にはならないしな」
「そうなのか」
「上には上がいるからな」
「で、何をやりたいんだ? サッカーを辞めて」
 柚月の問いに、晴太の眼差しが真っすぐ答えた。

「写真を撮りたいんだ」

 写真、か。
 カメラを持って空を見上げる晴太の映像が、柚月の頭の中に浮かび上がる。晴れた朝の空と、晴太。
 柚月の心は、さっきより確実に大きく跳ねた。