夏休み。部活動や文化祭の準備で朝から活気づいている青南高校。教室の喧噪から少し離れた図書室の壁には、何年か前の卒業生が制作したステンドグラスの横窓がはめ込まれている。
 ステンドグラスを通して差し込む光が、学習机に向かう男子生徒のすっと整った横顔をやんわりと照らし、やって来る生徒達の目を引いていた。
 彼の名前は清沢柚月。当の本人は、遠巻きに見られていることすら気付かない様子で、何か書き物に没頭している。毎日ギャラリーは少しずつ増えているようだ。

 今まさしく、入江晴太もそのギャラリーの中にいる。サッカー部の朝練仲間から「隣のクラスの清沢、夏休みが始まってから毎日図書室でなんか書いているらしい。ちょっと行ってみようぜ図書室」と連れて来られたというのが本当のところなのだが。

 晴太には、まず清沢柚月というやつの顔が思い出せない。晴太がそういった周りのことに疎いというのもある。同じ二年生だと言うけれど、多分喋ったことも目が合ったことすらないと思う。一年の時、同じクラスにはそんな名前なかったはずだ。
「清沢って一年の終わりに転校してきたんだったよな、確か」
「そうだよ。でも清沢って、病気がちでなかなか体育の授業に出られないって噂で聞いた」
「いや、潔癖症が酷くて、校庭で座れないとかって聞いたぞ」
「え? 帰国子女で日本語が喋れないっていう噂は?」
「保健室にいる時間が多いってのは本当らしい」
「へぇ。出席日数とか大丈夫なんかな」
「分かんないけど補習とか受けてるんじゃないか」
「補習かあ。俺も別の意味でヤバい」
「お前、サッカーどころじゃないじゃん」
 サッカー部の仲間が盛り上がっている中、晴太の目に飛び込んできたのは、ステンドグラスから漏れる光と、存在すらあやふやだった清沢柚月の横顔だった。

 あいつがこのまま顔を上げませんように。そう願わずにはいられないほど、晴太はその横顔に見惚れた。
 けれど、晴太の感じた密やかな思いの行く末など、机に向かう柚月は知る由もない。言われてみれば少し不健康そうな線の細い指先を、黙々とノートに踊らせている。

 この時間がずっと続けばいいのに。晴太の胸に湧き上がる甘酸っぱい思い。同じ男なのに? 
この気持ちはなんなんだろう。そんな自問自答すらくだらないとすら思えるほど、その横顔は晴太の心を掴んで離さない。