初恋は5歳の時。今でも鮮明に時折、心を掻き乱す。
その日の朝、電話に出た母さんはいつも以上に嬉しそうだった。
「夏空!会って欲しい人たちがいるの!」
僕はある場所に連れて行かれた。今となっては見慣れた一番好きな場所。
前から見知らぬ男に僕と同い年くらいの女の子が手を引かれて歩いてきた。近づいてくる女の子は他の子とはどこか違う気がして目が離せなかった。
男が手を振ると母さんも手を振り返した。会わせたいと言っていたのはこの人たちだと分かった。
途端に恥ずかしくなって母さんの後ろに隠れた。
「お待たせ。さやかちゃん。今日はね、息子も一緒なの。」
さやかちゃんと呼ばれた女の子は微笑みながら僕を見た。目が合った瞬間、呼吸が止まった気がした。これが恋だとまだ知らなかった。
僕は走って逃げた。川のほとりから土手の上で楽しそうに笑い合う3人を見つめる。
《僕もあの子と話してみたいな。》
川に石を投げ入れて時が経つのを待っていた。
「そらくん。これあげる。」
後ろから突然、声がした。驚いて振り返ると目の前にペットボトルが差し出されている。女の子は嬉しそうに笑っていた。
「ありがとう。…名前は?」
「さやかっていうの。ちょっと貸して。」
僕の手からペットボトルを取り、蓋を開けて水を少し垂らす。女の子は地面にスラスラと漢字を書いていく。
漢字なんて分からないと思っていると
《清夏》
僕と同じ夏という漢字があった。僕の名前《夏空》は漢字で書ける。
清夏の文字に空を書き足した。
「僕は夏空って書いてそらって読むんだ。」
母さんに教えてもらっておいて良かった。あの子にカッコ悪いところを見せたくなかった。
母さんに聞いたことがある。
「どうして僕には父さんがいないの?」
母さんは悲しそうな顔で言った。
「お母さんはね。あなたのお父さんと結婚出来なかったからだよ。」
「けっこんって何?」
「結婚するっていうことはね、どんなことがあってもずっと一緒にいる。ずっと側にいるよって約束することだよ。」
母さんを傷つけてしまった。それ以来、父さんのことは聞かないようにした。
あっという間に時間が過ぎ、遠くから僕たちを呼ぶ声がする。駆け戻ろうとする清夏を引き止めこう言った。
「清夏、僕たち大人になったらさ。結婚しようよ。」
どんなことがあってもずっと一緒にいる。ずっと側にいるよ。と約束したかった。
「うん。」
清夏は嬉しそうに笑った。
これが僕の初恋。
帰り道、清夏がくれたペットボトルの飲み物の名前を母さんが教えてくれた。
天然水。
どの天然水でも良いって訳じゃない。あの人があの日くれたのと同じメーカーの同じ種類の天然水。
…だってそれは初恋の味がするから。あの日を想い出すから。
あの日は、あの約束は確かにあったのだと想い出すことができるから。
今日もペットボトルを傾けて天然水を飲む。
あの約束を果たせるように。たとえあの人が忘れてしまっても僕は忘れないから。
その日の朝、電話に出た母さんはいつも以上に嬉しそうだった。
「夏空!会って欲しい人たちがいるの!」
僕はある場所に連れて行かれた。今となっては見慣れた一番好きな場所。
前から見知らぬ男に僕と同い年くらいの女の子が手を引かれて歩いてきた。近づいてくる女の子は他の子とはどこか違う気がして目が離せなかった。
男が手を振ると母さんも手を振り返した。会わせたいと言っていたのはこの人たちだと分かった。
途端に恥ずかしくなって母さんの後ろに隠れた。
「お待たせ。さやかちゃん。今日はね、息子も一緒なの。」
さやかちゃんと呼ばれた女の子は微笑みながら僕を見た。目が合った瞬間、呼吸が止まった気がした。これが恋だとまだ知らなかった。
僕は走って逃げた。川のほとりから土手の上で楽しそうに笑い合う3人を見つめる。
《僕もあの子と話してみたいな。》
川に石を投げ入れて時が経つのを待っていた。
「そらくん。これあげる。」
後ろから突然、声がした。驚いて振り返ると目の前にペットボトルが差し出されている。女の子は嬉しそうに笑っていた。
「ありがとう。…名前は?」
「さやかっていうの。ちょっと貸して。」
僕の手からペットボトルを取り、蓋を開けて水を少し垂らす。女の子は地面にスラスラと漢字を書いていく。
漢字なんて分からないと思っていると
《清夏》
僕と同じ夏という漢字があった。僕の名前《夏空》は漢字で書ける。
清夏の文字に空を書き足した。
「僕は夏空って書いてそらって読むんだ。」
母さんに教えてもらっておいて良かった。あの子にカッコ悪いところを見せたくなかった。
母さんに聞いたことがある。
「どうして僕には父さんがいないの?」
母さんは悲しそうな顔で言った。
「お母さんはね。あなたのお父さんと結婚出来なかったからだよ。」
「けっこんって何?」
「結婚するっていうことはね、どんなことがあってもずっと一緒にいる。ずっと側にいるよって約束することだよ。」
母さんを傷つけてしまった。それ以来、父さんのことは聞かないようにした。
あっという間に時間が過ぎ、遠くから僕たちを呼ぶ声がする。駆け戻ろうとする清夏を引き止めこう言った。
「清夏、僕たち大人になったらさ。結婚しようよ。」
どんなことがあってもずっと一緒にいる。ずっと側にいるよ。と約束したかった。
「うん。」
清夏は嬉しそうに笑った。
これが僕の初恋。
帰り道、清夏がくれたペットボトルの飲み物の名前を母さんが教えてくれた。
天然水。
どの天然水でも良いって訳じゃない。あの人があの日くれたのと同じメーカーの同じ種類の天然水。
…だってそれは初恋の味がするから。あの日を想い出すから。
あの日は、あの約束は確かにあったのだと想い出すことができるから。
今日もペットボトルを傾けて天然水を飲む。
あの約束を果たせるように。たとえあの人が忘れてしまっても僕は忘れないから。