お姉ちゃんとお兄ちゃんが家に帰ってきた。

 どうして言葉って一度、放ってしまったら取り消すことが出来ないんだろう。

 一番大切で大好きな人を傷つけてしまった。

 怖かった。私には両親の記憶がほとんどない。お父さんみたいなお姉ちゃんとお母さんみたいなお兄ちゃん、親友みたいな弟。これが私の知ってる私の家族だから。この家族が壊れてしまうのが怖かった。

 お姉ちゃんとお兄ちゃんが私たちを置いてどこか遠くに行ってしまうようで。両親の葬儀の日も同じように不安だった。

 まだ小さかった私はただ泣くことしか出来なかった。いや、その方が良かったのかもしれない。こんな風に言葉で傷つけてしまうくらいなら。

 またやり直せるかな?何もなかったように。

 ずぶ濡れで帰ってきたお姉ちゃんは何もなかったように優しく笑った。
「ただいま。美桜。」
 涙が溢れ出す。お姉ちゃんの胸に飛び込んで大声で泣いた。
「ごめんなさい。…ごめんなさい。」
そう伝えるのが精一杯だった。
「美桜、ごめんね。
 家族ごっこだなんて言って。そんなこと一度も思ったことないのに。
 何でだろうね。言葉って取り消せたらいいのにね。そうしたら誰も傷つけないで済むのに。美桜のこと傷つけて本当にごめんなさい。
 美桜のこと、本当の妹だって思ってる。家族だって。だから私、まだ美桜のお姉ちゃんでいていいかな?」
お姉ちゃんの声が震えている。

 顔を上げるとお姉ちゃんも私と同じように泣いていた。
「うん。私はずっとお姉ちゃんの妹だから、家族だから。」
そう言って、いつものように笑い合った。

 夏夜のスコールの夜。

 私は気づいてしまった。お姉ちゃんとお兄ちゃんの本当の好きな人に。
 その恋が実るかなんて分からない。ふたりがどんなに苦しんできたのか私は今まで気づかなかった。
 それは、とても難しい恋。でも、お姉ちゃんには誰よりも幸せになって欲しい。

 今でも鮮明に覚えている。

「弟妹たちは私が育てます。」

 家族がバラバラになってしまうと不安で泣いていた私をお姉ちゃんは優しく抱きしめて言った。
「この家族は私が守るから。だから、大丈夫だよ。」
「お姉ちゃん。私を置いて行かない?」
お姉ちゃんはハッとした顔をして、私の頭を優しく撫でた。
「大丈夫。お姉ちゃんはどこにもいかないよ。だから、お願い。美桜もずっと側に居てね。」

 寝る前に久しぶりにお姉ちゃんの布団に潜り込んだ。
「ねぇ、お姉ちゃん。私のお姉ちゃんになってくれてありがとう。誰よりも幸せになってね。」

 一度放ってしまった言葉は取り消せないけれど、何度も何度でも本当の気持ちを伝えていこう。ありがとうって伝えていこう。
 血が繋がっていなくてもお姉ちゃんは私にとって一番のお姉ちゃんだ。

 お姉ちゃんが静かに語り出す。
「美桜の名前はね、私が名付けたの。
 美桜が生まれてくる直前にお父さんとお母さんと夏空と私で桜を見て。とても綺麗な桜だった。
 今度は産まれてくる赤ちゃんも一緒に来年も再来年も家族みんなで見ようね。って話して。
 美桜は私たち家族を繋ぐ大切な存在なの。生まれてきてくれて、妹になってくれてありがとう。」
そう言って抱きしめるお姉ちゃんは温かくて。さっきまでの苦しさなんて消え去って、そのまま眠りについた。
 その夜、とても暖かく幸せな夢を見た。満開の桜と家族みんなの笑顔。