君の実父と話し合いをしてから2週間が経った。君とはまだぎこちないまま。
 外から聞こえる雷鳴が私を不安にさせる。なかなか眠れなくてキッチン台の前で立ちながらコーヒーを飲む。
 小さい頃、夜中に起きてしまった私にお父さんはコーヒーを淹れてくれた。一緒に飲むと不安は消えていった。

 これから大丈夫かな?ぼんやり考えていると。君が階段を降りてきた。

 君が私に優しく話しかける。
「姉ちゃん?」
「うん?」
「眠れないの?」
「…うん。」
君を見ないで答える。
「姉ちゃん?」
「…。」
私は何も答えることができない。
「…俺のこと、ちゃんと見てよ。」
君の低い声に驚き、ハッとして君を見る。
君はとても悲しそうな顔で「やっと目が合った。」そう笑った。
「さっき、父さんから電話があって、戸籍変更されたって。」
「そう、良かったね。」

 自分でも冷たい態度になっているって分かっている。でも、そうしないと冷静ではいられない。

 「前にも言ったけど。姉ちゃんとは他人になるけど、美桜と冬馬の兄ってことは変わらないから今まで通りここで生活する。
 でもこれからは俺のこともっと頼って欲しい。これからは姉ちゃんのことちゃんと支えたい。」
その言葉に疎外感を感じた。

「…そうだよね、夏空と美桜と冬馬は血の繋がった兄弟だもんね。私は赤の他人だから。…この家族の誰とも血が繋がってない。いいよ、無理しなくて。
 大学生になったらこの家だって出て行って良い。
お父さんと暮らしても良いし、1人暮らししても良い。
 美桜と冬馬のことだって気にしなくていいから。」
もう、君の目を見ることは出来ない。姉弟には戻れないのだから。

「…なんで、そんなこと言うの?」
「今まで私の家族ごっこに付き合ってくれてありがとう。これからは夏空の好きなようにして良いから。」
思ってもいない言葉が溢れ出ていく。でも、これは君の為だ。君を自由にする為。
「…分かった。じゃあ、好きなようにするから。」
そう言って君は私に背を向けた。
“行かないで”
体が勝手に動き、夏空のTシャツの裾を掴んだ。涙が溢れてくる。
「どうした?…。」
君は心配そうに言い、口籠る。
「私、」
“夏空と離れたくない”そう言おうとした瞬間。

「どういうこと?」

視線の先に美桜がいた。

《いつから聞いていたの?》

「お姉ちゃんと血が繋がってないってどういうこと?お兄ちゃんはこの家から出て行くの?なんで隠してたの?
 私は、私たちはずっと血の繋がってないお姉ちゃんの家族ごっこに付き合ってたってこと?
 ずっと、私のこと騙してたの?」

「…。」
私は何も言うことが出来ない。

「なんで黙ってるの?なんか言ってよ!
 …もうお姉ちゃんなんて嫌い、大嫌いだよ!」
真っ直ぐに私を見つめる美桜の目からは怒り、憎しみ、悲しみが伝わってくる。他人を睨みつけるようなそんな目。

 幼い頃の記憶が蘇る。
「あんな人の子だから。」「この家には要らない。」
「早く引き取り手、見つからないかしら。」
そんな声がこだまする。

 …もう、ここには居られない。

 「ごめん、ごめんね。…ごめんなさい。」
早くここから逃げたい。

 ここは、ずっと大切に守ってきた暖かくて心地良い、初めての私の居場所だった。

 壊れた、一瞬で。

 外は強風で大雨が降っている。そんなことどうでも良い。夜の暗闇の中に飛び込んで行く。降り頻る雨が心も濡らしていく。
 また独りぼっちになった。暗闇の中で独りぼっちに。