聞かれた?帰ってきた君の様子が明らかにおかしかった。君は私の目を見て言った。
「俺の初恋は…姉ちゃんかな。」

 ううん、違う。君はあの約束を覚えていなかった。またいつものように揶揄われただけだ。

 大丈夫、私たちはずっと家族だから。

 みんなが寝静まった頃、リビングでコーヒーを飲む。聞かれてない、大丈夫。あの約束は私だけの想い出。心の中で繰り返し、気持ちを鎮める。

 階段を降りてくる足音。
「姉ちゃん、ちょっといい?」
君は椅子を引いて、向かい合わせに座った。
「姉ちゃんの誕生日だけど稲森神社のお祭り行こうよ。」
「いいね!みんなで夏祭り。」
身構えて損した、ホッとして君を見る。
「ううん、ふたりきりで。あれから夏期講習休んでないし、デートしてよ。」
 河川敷で君に言ったことを思い出した。その手には乗らないよ。と余裕で答える。
「冗談でしょう?また、揶揄って。」
「…ダメかな?」
真面目な顔で君は言う。
「どうしたの?…さっきから変だよ。」

 重い沈黙の後、
「…俺の父親に会って欲しい。俺、父親の戸籍に入ろうと思ってる。大学受験にかかる費用と大学の学費を出してくれるって言ってるんだ。
 父親の戸籍に入っても美桜と冬馬の兄ってことは変わらないし、今まで通りここで生活する。
 受験が終わったらもっとバイトして、就職したら美桜と冬馬の学費を稼げるようにしっかり働く。それで今度は俺が姉ちゃんを支える。」

あの日、小さい手で私の手を握り、
「僕は姉ちゃんが良い!」
そう言って私の側にいることを望んでくれた君はもう居ない。

 追い討ちをかけるように君は私の目を見て言った。
「姉ちゃんのずっと側にいるから。」
ママ、たらい回しにされた親戚、お父さんの声がこだまして、君の声と重なった。
「「ずっと側にいるから」」

 …そっか、そういうことか。大切な人はそう言ってみんな私から離れていった。
 君もそう。本当は私から離れたかったんだね。もう、私は要らなくなったんだね。

 君だけはずっと側にいて欲しかった。

 きっと、デートは最後の想い出作り。

「…わかった。」
不安そうな顔がパッと明るくなる。

 最近、ずっと君の様子がおかしかった。冷たくしたり、揶揄ったり。

 反抗期。それは素敵な大人になる為に必要な期間。保護者の手を離れて自立して生きていく。そうやってどんどん大人になっていく。遠くに羽ばたいて行こうとする君の手を掴んで離さなかったのは私だ。君はもっと遠くで輝く人なんだ。
 なんだか、にらめっこをしているみたい。泣いたら負けなのにね。…もう堪えられないよ。