バイトがいつもより早く終わり、家に着いた。ドアを開けるとあの人と美桜が話に花を咲かせていた。ただいま。と声をかけようとすると。

 「…で、お姉ちゃんの初恋はいつなの?」
美桜が訊ねる。

 帰宅したことに気付かれていない僕は咄嗟に玄関で身を隠した。

 期待なんてしない。あの人はとっくにあの日のことなんて忘れてしまっているから。どうせいつものようにはぐらかすのだろう。

 なのに、覚えていて欲しいと願ってしまうのは何故だろう。

「私の初恋はね…。小学校2年生の時。」
呼吸が止まる。心音だけがドクドクと耳元でうるさく響く。
「河川敷で初めて出逢った男の子。すぐに仲良くなって、結婚の約束もしたの。」
美桜は驚き、あの人と笑い合う。
「それでどうなったの?」
あの人は少し寂しそうに笑った。
「あの日のあの男の子にはもう会えなくなっちゃったの。あの子も約束なんてもう忘れちゃってるから…。」

 目を閉じてあの日を想い出す。僕だけが大切に持っていた思っていたピースはあの人もずっと持っていた。
 ふっ。と吹き出し、あの人は笑いながら言った。
「私は今でも好きなのにひどいよね。」

 嬉しくて、とても苦しい。感情が追い付かず、涙を堪えるので精一杯だ。

 あの人はずっと僕と同じ想いで苦しんできたのだ。今はあの人の顔を見れない。タイミングを見てリビングに入り、疲れたと言って自分の部屋に入ろう。

「でも。お姉ちゃんにはもう彼氏がいるから大丈夫だね。」
「…そうだね。」

 会話が次の話題に移った。涙を拭い、大きく深呼吸をする。
「ただいま!」
必死に平静を装い、リビングに入る。頼むから誰も話しかけないでくれ。
「おかえりー。ねえ、お兄ちゃんの初恋の人ってどんな人ー?」
美桜は悪気なく言う。

「俺の初恋は…」

 適当に誤魔化して早く自分の部屋に入ろう。顔を上げるとあの人と目が合った。

 なんで、そんな顔するんだよ。

「…姉ちゃんかな。」
そう言って階段を駆け上がる。自分の部屋に飛び込んで声を押し殺して泣いた。

 今度、2人きりになれたらデートに誘おう。そして、あの人の誕生日に告白をしよう。

 大丈夫、僕らはもう他人になるんだから。