今日は君の彼女の誕生日プレゼントを買いに行く。
 
 嬉しそうな顔を思い出してまた切なくなる。ちゃんとお姉ちゃんをやらなきゃ。悲しい顔を見せたらバレてしまう。この想いはずっと隠し通さないと、君に彼女が出来ても。

「お待たせ。」
そう言ってリビングに降りてきた君はいつものTシャツ姿ではなく、黒い半袖のジャケットにパンツスタイルの大人っぽい服装をしていた。髪もセットしていて、高校生には見えない。
 気合を入れて服を選んで、メイクしておいて良かった。いや、精一杯頑張っても今の君の隣を歩くのにはかなりの勇気が要る。

「行こ!」
君に連れられてきたのは大型のショッピングモール。ここに来れば大抵のものは手に入る。
「姉ちゃんは何が欲しいの?」
「え?」
「あ、…姉ちゃんと彼女、年近いからさ。」
「うーん。こういうのはどう?」
 目に入ったお店の中に入っては商品を眺め、また別のお店に入るを繰り返す。君とデートしているみたいで楽しい。
「これは?」
そう言って君は笑顔で商品を私に手渡す。
「高校生にはちょっと大人っぽいんじゃない?」
「今の高校生は大人びてんだよ。俺みたいに。」
と君は笑った。

 何気なく入ったジュエリーショップ。ショーケースの中のキラキラと輝くネックレスが目に入る。
 近くで見てみると大小のダイヤモンドが散りばめられたお花をモチーフにしたとても可愛いデザイン。
「良かったら着けてみますか?」
笑顔の店員さんに声をかけられた。
「大丈夫です!」
そう断ると君が
「いいじゃん。着けてみれば?」
そう言い、店員さんに「お願いします。」とネックレスを出してもらう。
 首にかけて鏡を見るとネックレスは光を反射してキラキラと輝く。こんな素敵な物を身に付けられたら…。鏡越しの私はとても幸せそうな顔をしていた。
「彼女さんへのプレゼントをお探しですか?」
店員さんは君に訊ねる。
「はい。もうすぐ誕生日なんです。彼女。」
そう言って私を見る。
 また揶揄われてるんだ、私。
 チラッと値段を見ると1万円。欲しいけど我慢しよう。そう思い、もう一度、値札を良く見る。
【¥100,000】

 …10万円⁉︎
「とてもお似合いですよ。」
店員さんが微笑む。
 考えておきます。と言おうとした時、
「これください。」
迷いもなく君は言った。
「待って!夏空。…もう少し、他のお店も見たい。」
 断る言葉を必死に選んでネックレスを店員さんに返す。
 分かるよ。君も値段を見間違えたのだろう。

 店を後にすると
「良かったの?あのネックレス、すごい似合ってたよ。」
君は残念そうに言った。
「今日は夏空の彼女のプレゼントを探しに来たんだからお姉ちゃんのはいいの。」
そう言って歩みを早める。
 それから、沢山のお店を回ったがプレゼントは一向に見つからなかった。
「昼ごはん食べに行かない?お腹空いた。姉ちゃんの好きな物食べようよ。」
 そう言って君は高層階にあるレストランに私を案内しようとする。
「フードコートで食べよ!」
そう言い、君の手を引く。
「フードコートで良いの?姉ちゃん。」
君はまた残念そうに言う。

 君はデートでどんなところに行ってどんなものを食べているのだろう。
 君は優しいから彼女を喜ばせようと無理をしていないだろうか。心配になる。

 いつものファーストフード店に入った。注文して、2人分のお会計をしようとすると君が割り込んで決済をした。
「お姉ちゃんが払うのに!」
「良いよ。今日は俺が誘ったんだし。」
でも、プレゼントも決まってないし、私は何の役にも立ててない。
 テーブル越しに向かい合わせで君とハンバーガーを食べる。
「結局、まだ見つからないね。力になれなくてごめんね。」
そう謝ると
「良いよ。見つかったし。」
「え?見つかったの!買わないで良いの?」
「うん、また来た時に買うから良いよ。
 姉ちゃんは?誕生日なんか貰うの?…彼氏と一緒に過ごすの?」
君は声色を変えず、視線を落としたまま話す。

「うーん。まだ、分かんないや。」
「そっか。」

君の考えてること、思っていることが私には分からない。

君は静かに訊ねる。
「姉ちゃんは初恋とかあるの?今まで彼氏とか作らなかったじゃん。…今の彼氏とか?」

「違う!私の初恋は、」

 私の初恋は君だよ。あの日、ちゃんと約束したじゃん。でも、そんなことは言えない。

 「…初恋は。うーん、中学の時のバスケ部の田中くん!」
咄嗟にまた嘘を吐いた。
 中学校の時、隣のクラスだった田中くん。バスケ部のエースでみんなにモテていた。
 帰り道に話しかけられて一緒に帰ったり、告白もされたけれど全く興味が持てなくて断った。
 一緒にいる時に君と会ったことがあるから、田中くんのことは君も知っている。

 「そうだったね。」
君の声から怒りを感じ、顔を上げると目が合う。昨日と同じ冷たい目をしていた。
 そっか、私が嘘を吐くと不機嫌になるんだね。

君に訊ねる。
「じゃあ、夏空の初恋は?」
君は呆れたように言い放つ。
「初恋なんて覚えてないよ。」

 君はもう忘れてしまった。

「…夏空は初恋、忘れちゃったんだ。
でも、初恋の人はきっと幸せだったんだろうな。夏空に好きになってもらえて。初恋って、特別なものだから。」
君は忘れてしまったけどあの日は私の中にちゃんとある。世界で一番幸せだと思ったあの瞬間は。

 私だけがずっと好きだった。苦しくて、切なくて。…嫌い、もう君なんて大嫌い。

「姉ちゃんは幸せだった?
初恋のバスケ部の田中に好きになってもらえて嬉しかった?」
「嬉しかったよ!だって、特別だもん。田中くんは!」
「姉ちゃん、嘘下手すぎ。…そいつ、田中じゃなくて田口だよ。」
「え?」
そう吐き捨て、君は立ち去ってしまった。

 フードコート内の雑音が私を冷静にさせる。空っぽになった心に残ったのは恥ずかしさと君が好きという気持ちだけ。

***

 そんなに大事なら忘れるなよ。あの人の初恋は上書きされたんだ、どうでも良い男に。

 スマホを見るとPyonPyonからの通気が来ていた。

【清夏から¥2,000円の送金がありました。】
【さっきはごめん。】

「なんか払った金額より多いし。」

 ジュエリーショップに入ると店員が微笑む。
 
「これください。」
「彼女さんにとてもお似合いでしたもんね。きっと喜ばれますよ。」
「喜んでくれると良いんですけど」
 代金の10万円を支払う。あの人にはこれでも足りない、まだ全然返せてない。

 僕が稼いだバイト代をあの人は「このお金は夏空の為に使って。」と言って受け取らない。

 僕の持っているもの全てを贈りたいのに、あの人が欲しいものはどんなことをしても手に入れて贈るのに。いつも受け取ってくれない。僕はいつも貰ってばかりなのに。

 プレゼントが入った紙袋をトートバッグに忍ばせる。渡せるかも分からないあの人への贈り物。

 席に戻り、椅子に腰掛けるとあの人は安心したように微笑んだ。
「怒って帰っちゃったかと思ったよ。」
「ごめん。怒ってないよ。全然。
 あのさ、話が…」

 そう言いかけた時、あの人の視線が僕から逸れ、一点を見つめると笑顔になり、その方向に手を振る。
 
 視線を辿ると昨日見た男が嬉しそうに手を振っていた。あの人は席から立ち上がり、ゆっくりと歩き出す。

《行くな!》

咄嗟にあの人の手を掴むと

 「青野さん。偶然だね。…もしかして彼氏?」
男が僕を見つめながら言った。
 
 僕は慌てて手を離す。

「違います!弟です。」
あの人は笑顔で答える。
「あぁ。夏空くん!噂通りイケメンだね!」
男は納得したような顔で僕を眺める。
 「パパー!」後ろから子供が駆け寄り、遅れて女性が歩み寄る。
「妻と子供です。」
男に疑いの目を向けながら、
「弟の夏空です。」と自己紹介をした。
「あ、僕は青野さんと一緒に働いている鏑木です。
いつも夏空くんの話は聞いているよ。とても良い弟さんって。」
「それは良かったです。」
「じゃあ、僕たちはこの辺で。青野さん、また職場でね。」
そう言うと鏑木家族は去って行った。

「姉ちゃん、不倫なんてしてないよね。」
「してない!してない!」
あの人は慌てて続ける。
「美桜が喜ぶかなって。咄嗟に嘘ついちゃったら、どんどん言えなくなっちゃって。」

 張り詰めていた気持ちが一気に緩んで笑いが溢れる。

 なんだ。馬鹿だな、僕。必死になって大人ぶって。でも、僕はあの人が好きだ。

***

 嘘がバレた瞬間、君は安心したように笑った。冷たく大人びた君から無邪気に笑ういつもの君に戻った。

 数日後、君から「彼女と別れた」と聞かされた。