「……待って」
私は、再び去ろうとする雨宮を呼び止めた。
面倒くさそうにポケットに手を突っ込んだ雨宮を、私は真っ直ぐに見つめる。
「私が何かしてしまった?」
時折昼休みの楽しそうな声が校舎から聞こえてくるけれど、まるで別の世界みたいにここの空気は重い。
「あんたに関係ない」
「昨日も今日も……」
「関係ないって」
突き放すような言い方。だけど私は引き下がらない。
「私が原因なら……謝りたい。私鈍感で、理由がわからなくて申し訳ないんだけど……」
目を逸らない私に、雨宮はじろりと横目を向けた。無言のままこちらを見据える雨宮。その試すような視線に、私はだんだんと押し潰されそうになる。
そもそも雨宮は女が嫌いだと噂されていて、そうじゃないとしてもきっと、私のことはよく思っていない。そんな奴に二度も涙を見られて、その話題をふっかけられて……。
冷静に考えてみれば、雨宮にとってはいい迷惑でしかない状況だ。だけどこのまま、何もなかったように過ごすなんて……私はしたくない。
「……そう」
雨宮が、沈黙を破った。
私はその声に弾かれたように、目線を上げた。
「えっ」
「あんたが原因」
「ご、ごめん」
「理由もわからないくせに謝んなよ」
「たしかに……ごめん」
やっぱり、私のせいだった……!
そうかもとは思っていたけれど、実際言われてしまうと痛い。心臓が痛い。私は一体、雨宮に何をしてしまったんだろう。
必死に記憶を遡っていると──なぜか、雨宮がこちらへ近付いてくる気配を感じた。
「──え、な、なに」
突然のことに、目を見開く。そうしている間にも、雨宮は無言で距離を縮めてくる。
「ちょ、え、」
私は逃げるように一歩、二歩と後退りする。
「なんなの、」
もしかして殴られる……?
私はいよいよ、校舎の外壁に追い込まれた。もう、逃げ場はない。
かつてないくらいの雨宮との距離に、私の顔は少しだけ熱を帯びる。
そんな私とは反対に、こちらを見下ろす雨宮は、顔色を変えず真面目な顔つきをしている。
「仕方ないから理由、教えてやる」
──カチャッ
雨宮は、細くて白い指でメガネを外した。そしてスーハーと、小さく深呼吸をする。
「……こういうこと」
雨宮はそう言うと、ぐいっと、メガネを持つのとは逆の手で私の手首を掴んだ。
や、殺られる……!?
私はギュッと目を瞑る。しかし、一向に殴られる気配もないまま──ただ無言の時間が過ぎていった。
……あれ、殴られない?
恐る恐る目を開くと。
「……えっ」
目に飛び込んできたのは……涙を浮かべた雨宮だった。
「俺は女に触ると、涙が出る」
雨宮の声が、空気を揺らす。その瞬間、周りの雑音が一気にシャットアウトされた。