「……ここまで来たら、きっと大丈夫」

 予想通り、人気がない。
 ここならクラスメイトに気付かれることもないだろうし、ゆっくり雨宮と話しができる。
 私は安堵の溜息を漏らすと、振り返った。
 そこにいた雨宮は俯いていて、先ほどまで私に掴まれていた腕を、反対の手でぎゅっと守るように握っている。表情は、髪で隠れて見えていない。
 なんだか暗い様子の雨宮を、気にかけた時だった。

「……なにがだよ。今が一番、大丈夫じゃない」

 ぼそっと、小さな声が聞こえてくる。
 その刹那、顔を上げた雨宮の目は刃物のように鋭く、まるで私を切りつけるかのような勢いでこちらを睨みつけた。

「大丈夫じゃないって……」

 どういうこと?
 雨宮の言葉の意味を理解することができず、眉を寄せると。

「!?」

 稲妻が直撃したかのような衝撃が走った。

 ──ぽろぽろぽろ……

 私の目に写ったのは、涙。
 雨宮の瞳から涙が、次々と溢れていく。

 ドクッ──心臓が大きく反応した。

 な、なんで……

 私は衝撃のあまり、その場で硬直した。

 なんでまた泣いてるの……?

 驚きを隠せていない私に構うことなく、雨宮はメガネを外しゴシッと腕で乱雑に涙を拭っている。
 メガネをかけ直した雨宮は再びこちらに視線を向けたかと思うと、いつもの如く冷たい声を発した。

「話しかけんなって言ったよな?」
「ご、ごめん」

 反射的に謝った私は、思わず雨宮から目を逸らした。
 これ以上、雨宮の涙を見たくなかったから。

 なんで、なんで……
 疑念に駆られる私に対して、雨宮はくるりと背を向けた。
 そしてこの場を後にするつもりなのか、一歩を踏み出す。──このままでは、雨宮をここへ連れて来た意味がなくなってしまう。

「あ、雨宮っ」
「……何」
「雨宮、狙われてて。私のクラスの女子に」
「は?」

 言葉を絞り出した私に、雨宮は足を止めた。

「メガネ取って素顔を見てやる〜的なイタズラを計画してて……」
「……なにそれ」

 呆れ笑いを零した雨宮の目に、涙はもうない。

「忠告どうも」

 顔だけこちらに向ける雨宮の表情は冷え切ったものだ。怒りとも嫌悪とも違って、まるでこちらに対してなんの感情も抱いていないというようなその顔に、ずきっと心が痛む。
 だけど、いくら冷たい表情だとしても、泣き顔を見るよりはずっといい。

 ……ねぇ雨宮、涙の理由は何?昨日も、今も。
 泣かせるようなことをした覚えはないけれど、どうしても偶然に思えないんだ。なんとなく、雨宮の涙に自分が関係している気がして仕方ない。