雨宮、大丈夫かな……。そんなことを思ったけれど。
 私がアイツのこと、気にする義理なんてこれっぽっちもない。
 だって私はもう、雨宮とは関わらないって決めたんだし。

 ……だけど。
 昨日の雨宮の揺れる瞳を思い出すと、どうしても胸が苦しくなってしまう。

 それに、もしかしたらあの涙は私のせいかもしれなくて。
 そうなると私は雨宮に、仮があるわけで。

「誰が行くよ〜?まじでジャン負け?」

 ……あー、もう!
 私は唇を噛んだ。そして──右手をまっすぐ、天井へ向かって伸ばした。

「……私が行く」

 教室中が静まり、全ての視線が私に突き刺さる。

 ……何やってんの、私。
 だけど、噂によると雨宮は女嫌いで。
 そんな雨宮のメガネを"女"が面白半分で奪い取るのは、あまりにもかわいそうだって思ったんだ。
 もし雨宮が傷付いて、またあんな風に涙を流すかもしれないって思うと……じっとなんてしてられない。

 物音ひとつない教室。突き刺さる視線。
 それを解いたのは、言い出しっぺのクラスメイトだった。

「さっすが赤髪の江麻!立候補とかやるぅ〜」

 そう言いながら、嬉しそうに手を叩くクラスメイト。
 嫌なノリだ。……もう、さっさと行ってしまおう。

「なにその通り名みたいなの。初めて言われたんだけど」

 私はそう言うと、立ち上がった。そして──

「……えっ、江麻!?」

 クラスメイトの驚く声さえも置き去りにして、瞬間移動の如く教室を後にした。

 とにかく、さっさとこの悪ノリのことを雨宮に伝えるんだ。伝えさえすればきっと、なんとか対処してくれるだろう。
 もしかすると他のクラスメイトが、雨宮を探すかもしれないから……急いで雨宮を見つけないと。
 幸い、足の速さだけは自信がある。
 休み時間で騒がしい廊下を、私は人をかき分けながらも全力で走った。

 階段を駆け下りるとすぐに、一階の男子更衣室に辿り着いた。
 その手前で足を止め、乱れた呼吸を整える。

 雨宮はどこ……?
 深呼吸をしながら周りを見回していると。

「あっ」

 無駄に目立つ金髪が、扉から姿を現した。
 明らかに雨宮と、目が合ったと思う。
 しかし──ふいっ。奴はわかりやすく、目を逸らした。

 私の頬ははムッと膨らんだけれど、すぐに両手で抑え込む。
 ……だめだめ。今は腹を立ててる場合じゃない。
 雨宮に女子のイタズラのことを伝えに来たんだから。
 それに、いい機会だ。昨日のこと聞いてみて、もしあの涙が私のせいなら……謝ろう。

 友達二人と共に私の前を通り過ぎようとする雨宮に向かって、手を伸ばす。
 そして、その細い腕を思い切り掴んだ。

「雨宮、ちょっとごめん」
「は、えっ」

 メガネの奥で目が丸くなっている。そんな雨宮の腕を引き、私は再び走り出した。
 その様子を雨宮の友達は驚きの表情で、一方はニヤニヤとした表情で、見送っていた。

「なにが起きた!?」
「へぇ…」

 校舎裏に着くと、私は雨宮の腕を開放した。