「ほんと異常なくらい、女のこと避けてるんだってさ」

 付け加えるように言った和佳。
 アイツの話なんてしたくないけれど、それは聞き捨てならない内容だった。

「女子に話しかけられてもほとんど無視するみたいで」
「……うん」

 たしかに私も今日、無視された。

「軽く肩に触れた子がもう、目だけで殺されそうになったって」
「へぇ……」

 触れたことはないけれど、雨宮はいつも不機嫌な顔をしていて。
 かろうじて会話をした時にこちらに向けられる目は、いつも凍り付きそうなくらい冷たいものだった。
 ……女嫌い、か。
 なんかそう言われれば納得かも。今までの態度も全部、辻褄が合う気がする。

 チャラメガネ王子のくせに、実際は女嫌いだなんて。
 本当にチャラいわけじゃないなら余計に不憫だ。かわいそうに。いや、ざまあみろ。


 * * *


 放課後。誰もいない教室で英語のプリントと向き合う。
 授業中に間に合わなかった課題とは別にプリントを追加されたから、まぁまぁな時間が掛かりそうだ。

「はぁ〜……」

 私は、机に広がる大きなプリントに負けないくらいでかい溜息を吐く。
 そもそもこんなことになったのは──雨宮のせいだ。雨宮がムカつく態度を取るから悪いんだ。
 ぎゅっ……。自然とペンを握る力が強まる。

 思い返せば、出会った時から雨宮はムカつく奴だった。
 初めての移動教室の時、準備にもたついていると舌打ちされたんだっけ。
 その時の雨宮の不機嫌な表情が忘れられない。
 あぁ……やっぱり、腹が立つ。

 プリントを終えると、私はそれを握りしめ職員室へと向かった。
 窓から運動部の活気ある声が聞こえてくるけれど、校舎の中は人気がなく静かだ。
 こんな時間まで残ることないから、新鮮だな。
 そんなことを考えながら足を進めていると、前から人が歩いてくる気配を感じる。

 ──ビクッ

 咄嗟に肩が反応してしまったのは、その男子生徒の髪色が金色だったから。
 びっくりした……。雨宮かと思った。
 金髪男子が姿を消すと、はぁっと溜息が溢れる。

 なんか私、雨宮のこと気にしてるみたいじゃん。ほんと、ムカつく。……だけど。
 もし女嫌いって話が本当なんだったら、雨宮があぁいう態度になるのは仕方ないのかもしれない。
 いや、だとしてもやっぱり無視はおかしいけどね?

 悶々と思考を巡らせながら歩く。
 雨宮にムカつかずに済む方法を探すけれど、やっぱりそれは全く見つからない。
 向こうがこちらに歩み寄ることはないだろうし、口を聞けば絶対にバチバチと火花が散ることになる。
 ……となると。
 これ以上もう、関わらないのが一番いいのかもしれない。

 雨宮のことを空気とでも思って、嫌味を言われても聞き流す。目も合わせない。つっかからない。怒らない。それで全部が、解決する。
 変に話しかけたりするから、ダメなんだ。
 ……なんだ、簡単なことじゃん。
 ようやく解決策が浮かぶと、少し足取りが軽くなった。
 すっきりとした気持ちで歩を進め、曲がり角を横切ろうとした──その時。

「えっ!?」

 死角から突然現れた人影に、思わず大きな声が出る。
 そして反射的に目を閉じたけれど。

「……っ」

 ドンッ!!!──カシャンッ

 避けることはできなくて、私は勢いよく曲がってきた誰かと思い切りぶつかってしまった。
 同時に何かが地面に落ちた音が響くけれど、それどころではない。こんなに綺麗に尻餅をついたのは初めてだ。

「っすみませ……」

 痛む腰をさすりながら、顔を上げる。
 するとそこにあったのは──見覚えのありすぎる金髪頭だった。

「……げ」

 思わず声が漏れる。
 目の前で同じように尻餅をついているその人物は、頭頂部しか見えていないけれど、一瞬でわかった。……雨宮だ。
 今まさに、関わらないって決めたところなんですけど。
 雨宮は空気って、言い聞かせてたところなんですけど。