周りが移動する生徒たちで騒がしくなる。
 ……あれ、こんなときに限ってノート見当たらないんだけど。
 机の中身を全部出しても、英語のノートだけがない。

 ここかな?
 机にかけたリュックに手を伸ばした──その時。

「……まだ?」

 落ちてきたのは温度のない、男の声。
 私は思わずピタッと、動きを停止する。

 遅かった……!
 どうやら、アイツが来てしまったらしい。
 手を宙に浮かべたまま、恐る恐る視線を上げると──細い銀縁の丸眼鏡をかけた金髪の男が、むすっと不機嫌そうな顔でこちらを見下ろしていた。
 雨宮蓮衣(あまみやれい)。私にとって一番ムカつく男。

 少人数クラスの時、私の席を使っているのが雨宮だ。
 校則がゆるいため様々な髪色の生徒がいるけれど、その中でもこの金髪野郎は一際、目立っているように思う。
 っていうか、まだ?って、言われても。さっき予鈴鳴ったところなんですけど。

 私はようやくノートを見つけると、リュックから取り出す。
 そして勢いよく立ち上がり、だるそうに立っている雨宮を横目で見た。

「……なんでいつもそんな態度なの?」

 毎回、こうだ。
 私が退ける前に席へ来ると、挑発的な言葉を落として。急かすように、横に立って。移動教室があるたびに、その態度に腹が立ってしかたない。
 雨宮は空いた席に座ると、こちらを見上げた。かと思うとすぐに私から目を背け、さっさとスマホをいじり始める。

 えっ、……え?
 質問に対する答えが、一向に返ってこない。
 まさか、無視……!?

「ちょ、シカトはないんじゃない?」

 何事もなかったかのようにスマホをいじる雨宮に、思わずポカンと口が開いてしまう。
 しばらくその場に立ち尽くしていると、雨宮は眉間の皺を深めて口を開いた。

「……はやく行けよ」
「はぁ!?」
「っていうか、」

 雨宮は大きな溜息を吐くと、冷めた表情で言い放つ。

「話しかけてくんな」

 ……開いた口が塞がらない。雨宮が先に話しかけてきたよね……?

「そっちが、」
「行くよ江麻~」

 私の声に重なるように、和佳の声がした。
 和佳は、私が今にも雨宮に飛びかかりそうになっている様子を見兼ねたようで。

「ちょ、和佳!」
「もう授業はじまるから移動しようね〜」

 私の腕は和佳に捕まれ、ずるずると引きずられていく。

 くそーーーー!!!
 今までずっと、私なりに我慢をしていた。
 ほぼ毎日英語と数学のたびにすれ違って、その度に急かされて、傲慢な態度を取られて……イライラしていたけれど、なんとか耐えてきた。
 だけどそれも限界で。口に出してみたら、無視だと!?
 …………ほんっと、腹立つ!!!!!!

「──のため、ここで使われているmustは……」

 先生が英文を読み上げたって、文法について話したって、雨宮への怒りに支配されている私の耳には何にも届かない。
 結局授業に集中できなかった上に、時間内に課題プリントが終わらず、放課後の居残りが決定してしまった。

 どれもこれも、雨宮のせいだ。
 こうなったらあの愛称で呼んでやろうか。
 "チャラメガネ王子"
 どうやら雨宮は女子から、そう呼ばれているらしい。
 最後に王子って付いているものの絶妙にダサいニックネームだ。ざまあみろ。

 由来は金髪から”チャラ”そうという偏見と、見たまま安直に”メガネ”。
 そして王子というのは……端正な顔をしているから、らしい。
 じっくり顔を見たことはないけれど、白金色に近い金髪がしっかり似合って、地味な印象になってしまいそうな丸眼鏡はめちゃくちゃオシャレに見えてしまうんだから。相当整った顔をしているんだろう。
 あんな態度なのに女子からちやほやされて……ムカつく。

 英語の授業が終わると、居残りになってしまったことを和佳に愚痴りながら自分の教室へと向かう。
 私が愚痴を言い終えたところで、和佳は何かを思い出したかのように口を開いた。

「……っていうか江麻、知ってる?」
「何を?」
「雨宮のこと」

 ピクリ、頬が反射的に痙攣した。もはや名前聞いただけで腹立つんですけど。

「雨宮が……何」

 あからさまに顔を歪めた私の背中を、和佳は落ち着かせるように撫でてくる。

「まぁまぁ、そんな顔しないで。雨宮があんななのにもきっと事情があるんだって」
「雨宮……なんかあるの?」
「なんかさ、重度の女嫌いらしいよ」

 女、嫌い……?
 和佳の言葉に、思わず足を止めた。