校門の前。
 ぐんと腕を伸ばし、青空に手をかざすと、真っ赤にコーティングされた爪がキラキラと輝いた。

 ……うん。マニキュア塗って、大正解。

 私は光を跳ね返す指先を、満足した表情で眺める。

 小暮江麻(こぐれえま)、高校一年生。好きな色、赤。
 私の身の回りは赤で埋め尽くされている。
 例えばカバンの中身は、赤い筆箱に赤いノート、赤いポーチに赤いお弁当箱、赤いスマホケース。
 私服も赤いパーカーとかTシャツとかよく着るし、最近部屋のカーテンも北欧柄の赤いものに変えてもらった。
 赤は何もない私に色を付けてくれる、特別な色なんだ。

 きっかけは幼少期に見ていたアニメだった。
 “お天気戦隊・ソラレンジャー“。
 なんとなく見始めたそのアニメの主人公である、”快晴レッド”にどハマりした私はそれ以来、赤が大好きになった。

 びゅう、と後ろから風が吹きつけ、乱れた髪をささっと手で整える。
 ちなみに肩にかかる長さのこの髪の色も──赤だ。
 やりすぎだと思う人もいるかもしれない。
 だけど、どうしても、どうっしても快晴レッドと同じ髪色にしたくて。
 身だしなみの校則がゆるい高校を選んで。
 中学を卒業した日、速攻で美容院に駆け込んだ。

 入学して約一ヶ月。 
 最高の髪色を手にした私は、最高な日々を送っている。
 ……アイツと関わる瞬間、それ以外は。

 1ー1と記された教室の扉を開けると刹那、びっくり箱のように教室から人が飛び出してきた。
 その人物に思い切り抱きつかれ、私は目を丸くする。だけどすぐに、正体はわかった。
 綺麗なつむじが丸見えの女の子。小柄で甘い香り。
 こんなことするのは、一人しかいない。

「……乙花」
「えへ」

 名前を呼ぶと、その人物は私の体に埋めていた顔を上げ、満面の笑みを露わにする。

「おはよぉ、江麻!」
「おはよ」

 波野乙花(なみのおとは)。私の中学からの親友だ。
 乙花はふわふわに巻かれたツインテールと、ぱっつん前髪が特長的な女の子。
 髪色は黒で、インナーカラーに発色のいいピンクが入っている。本人曰く、自分は人間とウサギのハーフだそう。
 そんな乙花が朝から絡まりついてくるのは通常運転だ。今日も私の席まで、腕を組んだこの状態でついてくるらしい。

「朝から暑いわ…」
「確かに今日、ちょっと暑いよねぇ」

 机に鞄を置くと、天然発言を繰り出した乙花の頬を両手でびろーんと引っ張った。

「そういう意味じゃないから〜」
いはぁ~~い(痛ぁ~~い)

 頬を解放すると、ふてくされたように唇を突き出す乙花。
 乙花は女の私から見てもすごく可愛い。くりくりの目に白い肌、小さな口。本当に、ウサギみたい。

 宥めるように乙花の頭を撫でていると、前の席の椅子がガタッと音を立てた。
 現れたのは真っ直ぐな白髪のロングヘア。
 絹のような髪がさらりと揺れ、その人物が振り返る。

「江麻、乙花、おはよ」

 まつ毛がバサバサで目力の強い顔面が、こちらに向かって笑った。 笠原和佳(かさはらわか)。和佳も乙花同様、中学からの親友だ。

「おはよ、和佳」
「和佳おはよぉ〜!」

 鮮やかなグリーンのカラコン、アイライナーで書いた泣きボクロ、長いスクエアネイルがトレードマークの和佳。
 和佳はメイクが上手な、姉御的な存在のギャルだ。

 抱きしめたいくらい可愛い乙花、大人っぽくて美人の和佳。
 それに比べて私は、ちょっと髪色が奇抜なだけで、あまり特徴のない平凡な女子高生。
 人を寄せ付ける二人に反して、私はどちらかというと人から避けられがちな人間だ。
 少しつり上がり気味の目に加え、赤髪の外見は、どうやらキツそうに見えるらしい。

 ……まぁ、あんまり気にしてないけど。
 なんてったって、最高の髪色を手に入れてるわけだし。

 キーンコーン……

 鳴り響いたチャイムに、ハッとした。
 一限目英語じゃん!やばい!

 英語は少人数で授業が行われており、私は教室を移動しないといけない。慌てて机から教科書を探す。
 はやくしないと!アイツが来る前に……!!