おんなにさわると、なみだ……
心の中でゆっくりと、雨宮の言葉をなぞる。だけど上手く理解できない。
理解はできないけれど、今私は雨宮に触れていて、彼は涙を流している。言葉通りのことが起きている。
「俺、"女嫌い"とか言われてるみたいだけど。触れたら涙が出るんだから普通に避けるでしょ」
パッと、私の手首は放された。掴まれていたところがジンジンと、熱い。
昨日はぶつかったから涙が出て、今は腕を掴んだから涙が出た……そういうこと?たしかに全部、女の私が雨宮に触れてしまったタイミングで涙を流しているけど──。
「ほんとに……?」
「うん。女に触れたら、不可抗力で涙が出る」
メガネを掛け直しながら口を開いた雨宮の瞳には、まだ涙が残っていて。だけどそのせいか余計に瞳が綺麗に見える。
レンズ越しでもわかる。この目に嘘はない。
「そっか……」
うまく言葉が出てこない。やり場のない手でぎゅっと、スカートの裾を握った。
「別にこの体質がなくても女は苦手。うるさいし、噂好きだし、変なあだ名付けるし……すぐ泣くし」
黙ったままの私とは裏腹に、雨宮の口はいつも以上によく動いている。
沈黙を埋めようとしてくれているのかな。もしかすると、混乱している私を気遣ってくれているのかもしれない。
ぱちりと目が合うと、雨宮は下手くそに笑った。
初めて見た、雨宮の笑顔。ぎこちないその顔に、私の胸はきゅっと締め付けられた。
この人、きっと不器用な人だ。そう思うと──なんだか目の奥が、熱くなる。
「ごめん……」
さっき雨宮は、すぐ泣くから女は苦手だって言っていた。だけどもう、手遅れだ。
なんでかわからないけれど、私の目にはうっすら涙が溢れている。それは粒になって、スーッと頬を滑り落ちた。
「……は?」
雨宮の、焦ったような声が聞こえて、私は何もなかったかのように涙を手で拭った。泣いたって雨宮を困らせるだけだ。
しかしそれは一足遅かったらしく、雨宮は困ったように眉を下げた。
「……泣くなよ。別に、あんたが悪いわけじゃない」
そう言った雨宮の声色が、先程よりも優しくて。拭った涙がまた顔を出しそうになる。
「昨日泣いてたのは……ちょうどここで、告白されて」
「……うん」
「無理矢理手、握られた。あんたに会ったのはその帰り。だから昨日のは、本当にあんたのせいじゃない」
雨宮が優しいと、調子が狂う。胸が苦しくなる。
今はいつも通りきつい言葉を投げつけられた方が、気持ちが楽になる気がする。
「そういう問題じゃないよ」
私の情けない声は生ぬるい空気に溶けていく。耐えきれずに滲んだ涙が、視界を歪ませる。
「……頼むから、泣くな」
雨宮はぽんっと優しく、私の肩に触れた。
──って、触れたらダメじゃん!
私は咄嗟にその手を避ける。霞む景色の中で、雨宮のぎこちない笑顔だけがはっきりと目に映った。
「………引くでしょ?」
メガネの奥の瞳には、やっぱり涙が浮かんでいる。
「、引くわけない」
私はブンブンと首を横に振った。