体育祭だ。
 一年の中で、俺が最もクラスメイトから頼りにされるイベント、体育祭なのである。自慢じゃないが俺は、陸上競技も、球技もかなり出来る。各運動部から「ぜひともウチに!」と何度頭を下げられたかわからない。絶対に嫌だね。部活なんて入ったら、放課後に夜宵と遊べねぇじゃん。

 今年も代表リレーには当然のように選ばれ、アンカーにも指名された。さすがに陸上部はフェアじゃないということで、彼らはこの手のリレーには出られないのである。球技大会でバレー部がバレーに出られないのと一緒だ。だから、俺のような帰宅部や、陸上部以外のやつが選ばれる。

 毎年、夜宵にカッコいいところを存分にアピれるチャンスだと、それはそれは気合を入れて臨んでいるのだが――、

「今年は敵だね、萩ちゃん」

 敵なのである。
 俺はC組で、夜宵はA組。体育祭はAD組合同チーム対BC組合同チームという構図であるため、俺達は敵対しなくてはならなくなったのだ。去年はACとBDで分けたのになんでだよ。ロミジュリか。これがロミジュリってやつなんだな。俺だってロミオとジュリエットくらい知ってるからな? あの……あれだろ? えっと、そういう、敵同士の家の、その、何だ、恋人同士の話だろ? いや、俺と夜宵は恋人じゃねぇけど!

 昼休憩が終わり、そろそろ午後の部が始まる。白いはちまきを緩く結んで首からかけた夜宵が、困ったように笑う。

「萩ちゃんほんと頼りになるから、敵になるとおっかないな」
「いやいや、夜宵だって頭使うやつは強いだろ」
「頭を使う競技なんてないよ」
「騎馬戦とかさ。俺は夜宵が参謀としてついててくれないと、マジで真っすぐ突っ込むだけの猪だからな」
「猪って……、もう」

 萩ちゃんは人間でしょ、とくすくす笑う夜宵が可愛い。敵チームと言っても、そんなギスギスしているわけではない。出番を待つ時間は、俺達のようにこうしてグラウンドの端の待機場所で他クラスの友人と駄弁る奴らもたくさんいる。

「萩ちゃんはこの後、リレーの他に何出るの?」
「俺は、借り物競争と百メートル。夜宵は?」
「僕は玉入れと騎馬戦」
「うわ、夜宵、騎馬戦出んの?」
「出ないつもりだったんだけど、無理やり……」
「うう……。夜宵が出なけりゃ勝てると思ったんだけど……」

 お前の作戦エグいんだよなぁ、と愚痴ると、夜宵は「そんなエグいことしてないよ」と眉を下げる。

「いーや! 何かほら、V字に配置して、敵の周りをぐわっと囲むとか、何かそんな作戦立てたじゃんか、去年は。そんで圧勝したろ」
「あれは……去年は萩ちゃんが大将だったから、出来たやつだもん」
「そうなのか? 俺、一番後ろでじっとしてただけだけど」
「だって、ほら、大将のはちまきさえ取っちゃえば勝ちみたいなところあるでしょ。配点が凄く高いから一気に士気が下がってさ。毎回大将って狙われるじゃん」
「そうだな」
「だから、萩ちゃん(大将)を目立つところに配置して、そこに向かってくるのを周りから――、っていう。だけど、肝心の大将が弱かったら意味ないからね。萩ちゃんだったら、どうにか突破されても何とかなるから」
「そりゃあ一対一なら負ける気がしねぇからな! はっはー!」
「でしょ? だから、今年はそういうの無理なんだ」
「マジか。そっちの大将頼りないのか?」
「うん。……ていうか」

 そう言って俯き、もじり、と爪先を擦り合わせる。

「僕なんだよね」
「は?」
「大将、僕なんだ」
「はぁ?! なんっ、何で?! 夜宵かよ!」
「うん、何かそういうことになっちゃって」
「いやいやいやいや! そっちにもいるだろ! 何かすげぇやつ! 村井(サッカー部)は?!」
「南雲君は代表リレーに出るって。あと借り物にも出るし」
「あの野郎! えっと、あと、ほら、山田(D組・野球部)とか、島崎(A組・野球部)とか、三船(D組・ボート部)とか!」
「その山田君と島崎君と三船君が馬なんだよね。だからまぁ、土台はしっかりしてるというか」
「土台がしっかりしてても! あああ、もう、マジで怪我すんなよ夜宵ぃ。落ちるなよ? ちゃんとしがみつけな? いや、ていうかもう逃げろ! 棄権しろ、棄権!」
「ちょっともう、何でそんなこと言うの? どうしたの萩ちゃん」
「だって、ウチの大将、角田(かくた)(ムキムキ空手部)だぞ!」
「……わぁ、そうなんだ」

 そうなんだ、じゃないよ!

 俺だったら手加減するけど、角田だぞ? 空手部のムキムキ野郎だぞ?! 百八十センチ、XLサイズのマッチョ野郎だぞ!? 俺あいつに軽々とお姫様抱っこされたからな?! 夜宵なんて片手でぶん投げられるだろ!

「まぁ、何とかなるよ。僕だって男なんだし」
「男、だけどさぁ」
「それとも萩ちゃんには、僕がそんな頼りなく見える?」
「見えっ……なくはないけどさ」

 わかってる。夜宵はこれで案外根性もあるし、粘り強さもあるし、何より頭が良いのだ。俺みたいに、指示がなければとりあえず正面から突っ込んで自爆するような単細胞ではないのである。だけれども。好きだから、心配する。ただの親友だったら、勝負は勝負だからな、なんて言って、でも怪我すんなよ、で終わりだ。
 
 だけど。

「夜宵のことはちゃんと男だと思ってるし、案外やる時はやるやつだって頼りにもしてる。だけど、心配なんだ。角田は悪いやつじゃないんだけど、俺みたいな単純馬鹿だから、絶対真正面から突っ込んでくしさ。空手部だし、夜宵に万が一のことがあったら――」

 思わず、両肩をがしっと掴んで力説する。そんな俺の必死さに、夜宵は目を丸くして身を強張らせ驚いていたが、その途中で、ふ、と肩の力を抜き、俺の肩をとんとんと優しく叩いて来た。

「大丈夫だよ萩ちゃん」

 そして、思わず見とれてしまいそうになる、とろりとした笑みを向けて来る。

「いまので確信持った。大丈夫、絶対大丈夫。僕は絶対に角田君に負けない。だから逆に萩ちゃんは自分のチームの心配をした方が良いかもよ?」
「え」
「大将が角田君なら『手加減しなくて』良いよね?」
「は、はい?」
「角田君、うん、成る程、萩ちゃんとタイプは一緒かも。――あっ、別に僕は萩ちゃんのこと単純馬鹿なんて思ってないからね、そこだけはしっかり否定させてもらうけど。なんて言うかな、素直に真っすぐ飛び込んでくるんだよ、萩ちゃんは。まさに『矢』萩、なんちゃって」
「へ、へぁ」
「角田君だったら、うん、そうだね。たぶん僕を見て完全に油断してくれると思うから、むしろそれを狙っての布陣ではあるんだけど……、うん、オッケー、固まった。イケる」
「え、いや、あの、夜宵?」

 拳を顎に当て、ぶつぶつと独り言のようにそう言ってから、パッと顔を上げる。

「あっ、大丈夫だよ、絶対に怪我なんてさせないから。空手部のエースだもんね。わかってる」
「お、おう。いや、怪我させない、って」

 俺は逆にお前を心配してたんですけど?
 
「萩ちゃんが出るんなら、負けても良いから正攻法で行こうと思ってたけど、いないんだったら話は別だよ。騎馬戦は白組(ウチ)がもらった」

 とびっきりの笑みを浮かべて、ビッ、と親指を立てる。そうだ、こいつも負けず嫌いなんだった。

「角田に夜宵には注意しろって言っとくわ」
「ふふ、注意するのは僕だけで良いのかな?」
「何だよ、そんなこと言われたら周囲が皆敵に見えてくるだろ」
「あはは、それが狙いだもん。大丈夫、僕にだけ注意してれば良いんじゃない?」
「それも罠だろ、どうせ。良いや、とりあえず夜宵が大将とだけ言っとく」
「それくらいが良いかもね。あ、ねぇ、萩ちゃんが出るやつは、僕普通に応援するからね。敵でも」
「おう、サンキュ。夜宵の応援があれば負ける気がしねぇ。でも良いのか? 俺らの方が優勝するかもしれねぇぞ?」

 そう言って、うんと悪い顔をしてやると、夜宵もまた、余裕たっぷりに目を細めて来た。

「大丈夫。萩ちゃんが出ない方のやつで全部勝てば良いんだから」
「言ったな」
「萩ちゃんばっかりカッコいいのずるいから、僕も頑張る」
「お前だって十分カッコいいよ。くそ」
「あはは」

 そんなじゃれ合いの後、そろそろ出番だと俺は立ち上がった。

「そんじゃ行ってくる」
「頑張って。えっと、借り物競争?」
「そ。実行委員が遠藤だからなぁ。一体どんな『借り物』になるやら……」
「遠藤君、実行委員もやってるの?! すごいね、ただでさえクラス委員もやってるのに」
「あいつ、そういうの好きなんだよなぁ」
「皆面倒がってやりたがらないのに。尊敬するよ」
「俺もあいつのそういうところすげぇと思う。だけど、結構突拍子もないこと言い出したりするから、心配なんだよな」

 何せ季節でもないのにポッキーゲームしようとか言い出すようなやつだ。この後に控えている文化祭でも、ウチのクラスはどういうわけだか『白雪姫』をやることになったし。喫茶店とかクラス展示で良いじゃねぇか。

「僕ら凡人にはない発想を持ってるってことなんだろうね。ちょっとおっかないけど、頑張って」
「おう」

 絶対一位とって来るからな、と大きく手を振って、集合場所へと急ぐ。頑張って、と夜宵の声が聞こえて、それに応えるように、拳をぐっと振り上げた。

 スタート地点に着くと、借り物の札が並べられた机の上に、ピンク色のはちまきも置かれているのが見えた。あれも使うのだろうか。練習の時にはなかったはずだけど。そう思ったのは俺だけではないらしく「何だアレ。あれも巻くのか?」という声が聞こえてきた。その声の方に目を向けてみれば、どうやら一緒に走るらしいA組の村井南雲である。

「げぇ、南城かよ」
「げぇ、って何だよ」
「お前と走んのやだ。速ぇもん。何でお前陸上入んなかったんだよ」
「練習だるいから。ていうか、借り物なんだし、時の運もあるだろ」
「だろうけどさぁ。つうか、あれ何。ピンクの」
「俺が知るかよ。いま説明あんだろ」

 ……で、結局、遠藤がのしのしとやって来て、何やらニヤニヤしつつ説明したところによると、今回の借り物はすべて『人』であるらしく、指示通りの『人』と共に、そのピンクのはちまきで二人三脚してゴールしなければならないらしい。ただし、例えば身長差がありすぎたり、相手が走れない場合などは、お姫様抱っこも可、とのこと。

 ……お姫様抱っこ?
 
 いやいやいやいや! 嫌だよ! そんなの二人三脚一択だろ! ていうか、二人三脚だって嫌だわ!