そんなこんなで、すったもんだあったけれども、とにもかくにも、なんやかんやで、イチャラブ校内デートを楽しんでいるはずの二人を捜索することになった俺 with 南城・神田ファミリーである。

「本当にこっちなのかね、遠藤君。何だか人気がないんだが」
「間違いありません。俺を信じてください」
「随分と広い校舎ねぇ」
「でもそんなに生徒数いたっけ? クラスだって四クラスしかなかったような」
「いまはそうなんですけども、いまから数十年前はここ、クラスも八つだか九つあって、生徒が千人くらいいたんですよ。だけどほら、少子化ですから」
「成る程、それでこんなに空き教室があるわけか」

 質問自体は多いものの、声量も抑えめな神田家はともかく、とにかくうるさい南城ファミリーには、何度もしつこくお口にチャックと念を押しておいた。一応三人共分別のつく大人だ。しっかり守ってくれている。

「この空き教室で、具体的にナニをとは言わないが、まぁ……青春を育むわけだね」

 純冶さんはどうやらなかなかの妄想力をお持ちのようだ。やめろやめろ。俺らの神聖な学び舎を何だと思ってるんですか。ただまぁ、それはその通りなんだけど。

 妙に満足気な純冶さんは、後ろを歩く隆哉さんに「時に隆哉君」と声をかけた。

「君は、『矢×夜』かね。それとも『夜×矢』かね」

 まさか自分達の父親がこんな談議に花を咲かせているなんて、あいつらは微塵も考えてないんだろうな。ていうか、たぶん隣に住む幼馴染み(♂)のことが恋愛的な意味で好きなんて言ってなかっただろうし。家族にまでバレてるなんて普通は思わんて。今日バレるかもだけど。

「俺は、『矢×夜』ですね。矢萩はヘタレですけど、ヘタレが頑張る展開って応援したくなる質で」

 隆矢さん『!』つけなくてもしゃべれるんだ! ヘタレが頑張る展開を応援したくなるのはパーソナルトレーナーの(さが)とかなんだろうか。

「あら、私は『夜×矢』も捨てがたいと思うわ。あの子には無理よ、夜宵君をリードするなんて。夜宵君の方がしっかりしてるじゃない」
「しかし、腕力では矢萩の方が」
「何でも腕力でどうこうしようとするの、パパの悪い癖よ?」
「まぁまぁ父さんも母さんも落ち着いて。ここは一つ平和にじゃんけんで」

 椰潮さん(お前)はもう黙ってろ。

 そうこうするうちに、俺達は校舎の奥、最も人気のないクラス展示のコーナーへと足を踏み入れた。人気がないと言い切ってしまうのは準備をした生徒達に失礼かもしれないが、彼らが「めんどくさいし、展示でよくねぇ?」の精神で設営をしているのを俺は知っている。そして、そんな気持ちで作られた空間など、余程のもの好きくらいしか来ない。旧校舎との境目ということもあって、暖房の効きも悪く、少々寒いので、一応休憩用の椅子やテーブルはあるものの長居をする人はほぼいない。

 予想通り、そんな場所に二人はいた。

「だ、抱き合っているぞ、遠藤君」
「俺にも見えています。ですから、少々お静かに」

 角に隠れ腰を落として、興奮気味の純冶さんをなだめる。女性陣は無言で己のスマートフォンを取り出し、撮影を開始した。ちゃんと音が消せるアプリを入れているらしい。さすがの配慮である。前世は隠密か? おいおいおいおいおい椰潮さん、ピロリン♪ じゃねぇんだよ。聞こえてないようだから良かったものの、世が世なら市中引き回しの刑だからな?

「萩ちゃん……?」
「違うんだ夜宵。俺が言いたかったのは、そういうんじゃなくて」

 この俺としたことが、残念なことに、『そういうんじゃなくて』に至った経緯を見逃してしまったが、ただ、どこからどう見てもクライマックスである。一体何が『そういうんじゃない』んだ。ここまでしっかり抱き合っといて何言ってるんだお前。

「その、親友は、親友なんだけど、その、それだけじゃないっていうか」
「親友ではあるの? 僕もそう思ってていい?」
「それはもちろんそうなんだけど、出来れば、俺と同じ気持ちでいてほしいっていうか」
「萩ちゃんと?」

 おっ!?
 何が何やらわからないが、どうやらこれは告白シーンのようである。お口にチャック状態の南城夫妻が小刻みに震えている。えっと、呼吸はしていただいても結構ですよ。

「俺! その、夜宵と、こ、こ――」

 こ?!
 こ?!

 俺 with 南城・神田両家(オーディエンス)の心が一つになる。

 やれ、南城!
 決めろ!
 
 男なら!

「こ、こここ、ここ」

 ヤバい!
 ニワトリ化してきた!
 堪えろ! 踏ん張れ!
 
 手に汗握る展開である。
 いますぐ駆け出して、「リピートアフターミー、『恋人(KOI-BITO)』」とそっと耳打ちしてやりたい。的確な指示を出してやりたいがぐっと我慢だ。甘やかすばかりでは駄目だ。時には心を鬼にして見守ることも大事なのだ。ちらりと南城・神田両家を見る。皆、同じ気持ちなのだろう、俺と視線を合わせて、静かに頷いてくれた。椰潮さんだけはサムズアップまでしてきてなんか暑苦しかったので若干無視だ。

「心の友になってくれ!」

 ?!

 やっぱり日和った――!
 てめぇ南城!
 お前は知らないかもしれないけどな?
 いまここ参観日してたからな?
 日頃の頑張りを見せるところだったんだよ!
 ああもうほら、純冶さんと隆哉さんが目を覆って天を仰いでるじゃないか!

「こ、心の友?!」

 ほらぁ、神田も困惑してるよ。
 絶対『恋人』って来ると思ってた顔だぞあれは。第一『心の友』って何なんだよ。それは友情ランクだと親友よりも上なのか下なのかどっちなんだ?!

「萩ちゃん、心の友っていうのは――?」

 だよな。
 そこ疑問だよな?
 返答によっちゃあいまの関係よりもランクダウンするやつだもんな?!

「も、もちろん! 親友以上だ、以上!」
「以上! そうなんだ!」

 そうなんだ! じゃねぇよ神田! 何でそんな嬉しそうな顔出来るのお前! お前もお前で何でそんな馬鹿なんだよ! お前こないだのテスト学年一位じゃなかった?! ああでも、お母さんズが「あらあらウチの子ったら純粋ね」「ほんと夜宵君は癒されるわぁ」と目を細めてる! 弥栄さんに至っては「男前でピュアの末っ子長男黒髪眼鏡攻めなんて属性が多すぎるわよ」とぶつぶつ呟いている。この人、まだ『夜×矢』の可能性を捨ててない! 
 
「だから、その、これからも、ずっと俺の一番でいてほしい、っていうか」
「もちろんだよ、萩ちゃん。僕も萩ちゃんに一番でいてほしい。その、これからも、ずっと」
「おう、ずっとな」
「うん、ずっと」

 おっ、これはちょっと進展したのでは?
 もう少し見守っていたら、キスくらいはするんじゃないか? 

 などと思ってると。

 パン、パン、と後ろから、手を打ち鳴らす音が聞こえて、慌てて振り向いた。そこには、流れる涙を拭いもせず、ただただ感動に打ち震えながら拍手をする純冶さんの姿が!

 馬鹿――っ!
 
 そんな彼の姿に心を動かされたのだろう、残りのメンバーも次々と拍手をし始めた。女性陣すらもスマホをしまって、微笑みながら手を打ち鳴らしている。
 
 えっ、何これ?!

 こうなるとさすがに二人も気付かないわけがない。

「はぁ?! と、ととと父さん?! 母さんに、兄貴まで! 何で?!」
「お父さんお母さんお姉ちゃん! えっ、何で泣いてるの?! あっ、もしかして僕が女装してるから?! 違うんだよ、そういう趣味に目覚めたとかじゃなくて――!」

 二人は同時に離れ、わたわたと衣装を直しつつ、真っ赤な顔で立ち上がった。神田は恰好が恰好なだけに気まずいだろう。

 けれど、そんな二人を家族はうんと慈愛に満ちた目で見守っているのだ。これはこれでいたたまれない。

「ていうか遠藤お前! 何連れて来てんだ、馬鹿!」

 いや、お前には馬鹿とか言われたくないし。いや、当初の予定では、ちょっと見守って、あとはサッと退散するつもりだったというか。

「矢萩君、ウチの夜宵をどうかよろしく」
「へ? あ、はい。えっと……?」
「夜宵君、ほんと、ウチのがヘタレですまんな!」
「いえ、萩ちゃんはヘタレなんかじゃ」

 それぞれの相手の父親から握手を求められた二人は、それに応じつつも頭上に大量の『?』を浮かべている。そこへお母さんズがやって来て、

「今日は皆でご飯にしましょ? ね? それが良いわ、お母さんお赤飯炊いちゃう!」
「それ良いわね! それなら私、唐揚げ大量に揚げるわ!」
「よーし、お姉ちゃんケーキ買ってくる! 椰潮君、車出して!」
「かしこまりましたァ!」

 何が何やらわからないが、どうやらこの人達の中ではカップル成立したらしい。えっ、嘘、俺にはわからなかったけど、そんな瞬間あった? ズッ友じゃなかった? それともアレ? 大人の世界では別に「好き」とか「付き合って」みたいな明確な文言がなくてもアリなの?! 

 
 ……そんなこんなで、すったもんだあったけれども、とにもかくにも、なんやかんやで、とりあえずは一件落着、ということなのだろう。

 ちなみに、午後の公演では、この校内デートの様子がSNSで拡散されたために、その手の方々が我が校へと大挙して押し寄せ、先生方は駐車場の整備に駆り出され、観客席はパンクした。盗撮行為は厳しく取り締まったはずなのに、たった一枚、それをすり抜けたものがあり、ここまでの騒ぎに発展したのである。ちなみに、その一枚というのが椰潮さん(あのアホ)の『ピロリン♪』のやつだった。

 もちろん棺の中は神田白雪がスタンバイしたが、ヤハギ王子がヘタレにヘタレたためにDJポリスは再出動する形となり、そうこうしているうちに棺から毒林檎で死んでいるはずの姫の手が伸びて来て、王子の襟を掴んで引きずり込むというホラー展開再びである。けれどどうやら今度こそ、棺の中で何かが起こったらしい。棺から顔を上げたヤハギ王子と、息を吹き返したヤヨイ姫の顔が、えっ、救急車呼ぶ……? というくらいに真っ赤だったからだ。それでこそ『白雪姫』だと、観客席は芸能人の記者会見解錠ばりにシャッター音とフラッシュで埋め尽くされたし、割れんばかりの拍手と歓声で大盛り上がりである。

 だが、俺にはわかる。
 
 口にはしていない。
 せいぜいほっぺかおでこだ。
 口だったら双方あんなもんでは済まない。
 そして、呼ぶのは救急車じゃない、神父だ。

 けれども、この二人にしてはよくやった、と褒めてやるべきなんだろうな。

 キスをしたのならば良いだろうという判断の元、やっぱり小人達乱入からのダンスパーティーになって騒がしくも幕を下ろした舞台を見て――、

 白雪姫(この劇)でも駄目なら、あとはもうクリスマスに賭けるしかない。

 そう思うことにした俺である。