さて、少しは本物の王子様に近付けたんじゃないだろうか、と胸を張れるくらいのジェントルさで休憩スペースへと移動し、そこですっかり潰れてしまったホットドックを食べる。二人共借り物の衣装だから、ケチャップを落とさないよう、細心の注意を払って、だ。
「このあとどうする?」
そう尋ねると、夜宵は何だかものすごく驚いたような顔をして「どうって?」と聞き返してきた。
「どうって……。どっか回りたいところないか? 元々一緒に回る予定だったろ? 午後の出番までまだ時間あるし」
「え、あ、そう、だね。ええと、どうしようか」
もしかして夜宵、俺と回りたくなかった? あっ、もしかして、この恰好?! この恰好だから嫌なのか?! そうだよな、俺はまだしも夜宵は姫だもんな。逆の立場だったら、確かに嫌かも。着替えを提案した方が良いんだろうか。だけど、この恰好だったらさっきみたいにくっついて歩けるんだよなぁ、宣伝の体で。まぁ、ビラはもうないんだけど。
「せっかくだし、ぐるっと回らない? あ、っと、でも、その前にトイレ行っても良いかな?」
「おけ。トイレな。俺も行っとくかな。あ、でも夜宵の場合は、男子トイレだと色々まずくね?」
「まずいかもだけど、女子トイレに入るわけにはいかないよ」
ウチは男子校だけれども、一応女子トイレはあるのだ。主に来賓用だけど。平時なら入ってもまぁ問題はないが、いまは女子高生のお客さんもいる。バレたら確実にアウトだ。
「まぁそうなんだけど。いや、そうじゃなくて、ほら、多目的トイレ行った方が良いんじゃないか、ってこと。たぶんスカートだと立ったままはしづらいだろうし、個室から姫が出て来てもびっくりするだろうしさ」
「確かにそうかも」
そんじゃ、とりあえずトイレ済ませちまおうぜ、と立ち上がり、そこから数メートル先の多目的トイレを目指す。その手前には男子トイレもあるので、俺はそっちを利用することにし、一旦別れた。
手早く用を済ませて出るが、夜宵はまだいなかった。やはり少々手間取っているようだ。無理もないよな、だってあんな長いスカート履いてんだもん。下には学生ズボンも履いてるし。ていうか、スカートの場合って、あれは捲ってやるのか? それとも脱ぐのか? 脱ぐんだとしたら偉いことだぞ。手伝った方が良いのか? いや、さすがに大丈夫か。あれそんな本格的なドレスじゃないしな。
壁に凭れてそんなことを考えていると。
「あっ、いたいた!」
「あのー、すみませーん」
きゃあきゃあと何やら騒がしい声である。その方に視線をやれば、紺色のブレザーにチェックのスカートの二人組だ。市内の女子高の制服である。さっきも同じ制服の女の子達に話しかけられたが、たぶん違う子だと思う。髪型もほぼ一緒だから正直言って見分けつかねぇんだよなぁ。
「何?」
「あの、いま一人ですかぁ?」
「は? いまは、うん、一人だけど?」
お前達の目は節穴か。この場に何人もいるように見えるか?
「あのあの、さっき、めっちゃカッコいい王子いるって友達から聞いてー」
「写真見せてもらったら、もー、マジ王子じゃん、って思ってー」
「はぁ、ども」
ほんと、我ながら、マジで王子すぎると思うわ。なんて言うのかな、マジで絵本に出て来るタイプの王子なんだよな。白タイツはさすがに勘弁してもらったけど。遠藤、こんなベタな王子衣装どこで買って来たんだ。こんなの誰が着たって秒で王子になるっつーの。てことはアレか。夜宵が着ても王子になるんだよな。あいつ、背も高いし、こんなの着たら女子生徒が黙ってないだろ。良かった、姫の方で。いや、それでさっきナンパされたんだったな。駄目だ、姫も駄目だ。ああでも姫の恰好じゃないとくっついてられないのか。くっそ、悩むぜ……。
「あのー、もしもーし」
ついつい余計なことを考えてしまい、女の子達を無視する恰好になってしまった。すんません、と小さく詫びると、「王子謝るとかマジウケんだけど」とギャルっぽい子が大袈裟に手を叩いて笑い出した。何が面白いんだ。
「そんでー、もし良かったら案内してほしいなーって。ねー?」
そのギャルが、ぐい、と俺の腕を掴む。
「はぁ? ちょ、放せって。何」
「良いじゃーん、王子なんだしさー、女子に優しくしてよー」
「そうそう、ハーレムじゃん? マジ王子ー」
「マジ王子とハーレムの意味わかんねぇし。放せって」
これがウチのクラスの野郎共なら、拳骨でもくれてやるところなのだが、さすがに女子にそれは出来ない。しかも恐らくは、それを『武器』と捉えているのだろう、俺の腕をぐいぐいと引っ張りながら上目遣いでまつ毛をばさばささせている。すげぇ、それ自前? 人間のまつ毛ってそんなにばさばさに生えるもんなの? こわっ。
どうしたものかと戸惑っていると、くい、とマントが引っ張られた。何だ? と振り返ってみると、真っ赤な顔をした夜宵である。
「駄目」
一度小さい声でそう言ってから、マントをくいくいと手繰り寄せ、今度は後ろからギュッと抱き締められる。
「萩ちゃんは、僕の」
俺よりは細いけれど、薄く筋肉のついた夜宵の腕は、小さく震えている。夜宵は人見知りだし、共学だった中学の時だって、女子とはあまり関わってこなかったから、緊張してるのかもしれない。本人は結構女子から人気があって告白なんかもよくされてたんだけど、俺が知る限りでは、彼女を作ったことはないはずだ。
「僕のだから。いまは、僕の王子様だから、駄目」
震える声でそう言って、腕にぐっと力を入れる。目の前の女子生徒二名が、「きゃああああ!」となぜか満面の笑みで悲鳴を上げた。
「ちょ、姫じゃん! 姫来たじゃん!」
「何これ?! ちょ、もう仕上がってんじゃん!」
「えー、嘘、マジで? マジ良いもん見たわ。尊みで死ぬ」
「死ぬ、わかる。いま死んだ」
いやいや、そんなあっさり死ぬなよ。しかも他校で。
彼女らはその後も何やら甲高い声且つ早口できゃあきゃあと意味不明なことをしゃべり、バシャバシャと写真を撮って(絶対にSNSには上げるなよと釘は刺したけど)、嵐のように去って行った。人数としてはたった二人なのに、何だかツアーの団体客でも相手したかのような疲労感に襲われて、俺と夜宵はその場にぺたんと尻もちをついた。まぁ厳密には、俺が座っちゃったから、夜宵も釣られて、という感じではあるんだけど。
「萩ちゃん、その、ごめんね」
「何がよ」
「変なこと言っちゃって。その、僕の、なんて」
「そんなの、俺だってさっき言ったし」
「そうだけど」
いつまでも地べたに座ったままというのも、と思い、夜宵を立ち上がらせて近くのベンチに座らせる。俺は立ったままでいるつもりだったけど、夜宵が「萩ちゃんも座って」と袖を引いて来たので、大人しく従うことにした。
「あの、あのね。萩ちゃん」
「おう」
「萩ちゃんは、その……、僕の、親友だよね?」
「えぇっ!? 何いまさら!?」
うっそマジかよ。ここで確認されるのか俺。もしかして親友って思ってたの俺だけ? いや違うな。確認してきたってことは、夜宵の方が疑ってるんだ。俺の態度が親友のそれじゃないって。
親友だと、夜宵は思ってるはずだ。俺だってずっとそう思ってた。ついつい気持ちを伝えそうになったりもしたけど、夜宵のためにも、我慢した方が良いんだろうとも思ってた。だけどさっき、誰かに取られそうになって、頭が真っ白になったのだ。いつか、そう遠くない未来、きっと夜宵は誰かと付き合って、俺から離れていく。その覚悟はしてたと思っていたけど、実は全然そんなことなかった。夜宵は誰にも取られたくない。
「お、俺は……夜宵のこと、親友とかじゃなくて」
ありったけの勇気を振り絞って、そこまで吐き出す。願わくば、恋人になりたい。そう伝えたくて。だっていまの夜宵は俺の姫だし、俺は夜宵の王子様なのだ。いまだけでも良い。断られたら、嫌だと言われたら、文化祭の間だけで良いからと、なりふり構わず頼み込むつもりだった。
あれ、でもそう言えば、夜宵は次も姫で出るのか? それとも、他のやつ? だって本当はあれ、石膏像の予定だったもんな。たまたま夜宵が手があいていたからやってくれただけで。それじゃ、次は誰がやるんだろう。
そんなことを考えてしまい、間があいたのが良くなかった。
夜宵の耳に届いたのは「親友とかじゃなくて」の言葉だけだ。
「や、やっぱり、萩ちゃんと僕は……」
親友でもなかったんだね。
弱々しい涙混じりの声が聞こえて、慌てて顔を上げる。目の前の夜宵は、大きな瞳から、ほろほろと涙をこぼしている。
「ごめんね、僕、同じクラスでもないのに。いつもいつも、迷惑だったよね」
ごめん、ほんとごめん、と何度も言って、下瞼を拭う。そうしてから化粧をしていたことに気が付いたのだろう、「直して来る。ついでに、着替えて来るね」と立ち上がりかけた手を取った。
「待って、ごめん。違う。間違えた。そうじゃなくて」
「良いよ、萩ちゃん。無理しないで。困らせてごめん」
「もう謝んな。違うから。いまのは俺が間違えただけだから」
「間違えたって、何を?」
ぐす、と夜宵が鼻を鳴らす。さすがはC組のビューティー枠、兎崎のメイクである。意外と崩れていない。目の端と鼻が赤くなっている夜宵は、何とも儚げな美しさだ。
ぐい、と引っ張り、再び隣に座らせる。僅かな隙間を詰め、そのまま抱き寄せた。
「萩ちゃん……?」
「違うんだ夜宵。俺が言いたかったのは、そういうんじゃなくて」
思わず両手に力が入る。苦しいよ、と声が聞こえて、慌てて少し緩めた。
「その、親友は、親友なんだけど、その、それだけじゃないっていうか」
「親友ではあるの? 僕もそう思ってて良い?」
「それはもちろんそうなんだけど、出来れば、俺と同じ気持ちでいてほしいっていうか」
「萩ちゃんと?」
ここまで来たらもう後戻りは出来ない。
腕の中の夜宵は拒む様子もない。もしかしたら夜宵も、なんて淡い期待が膨らんでいく。
「俺! その、夜宵と、こ、こ――」
恋人になりたいんだ!
「このあとどうする?」
そう尋ねると、夜宵は何だかものすごく驚いたような顔をして「どうって?」と聞き返してきた。
「どうって……。どっか回りたいところないか? 元々一緒に回る予定だったろ? 午後の出番までまだ時間あるし」
「え、あ、そう、だね。ええと、どうしようか」
もしかして夜宵、俺と回りたくなかった? あっ、もしかして、この恰好?! この恰好だから嫌なのか?! そうだよな、俺はまだしも夜宵は姫だもんな。逆の立場だったら、確かに嫌かも。着替えを提案した方が良いんだろうか。だけど、この恰好だったらさっきみたいにくっついて歩けるんだよなぁ、宣伝の体で。まぁ、ビラはもうないんだけど。
「せっかくだし、ぐるっと回らない? あ、っと、でも、その前にトイレ行っても良いかな?」
「おけ。トイレな。俺も行っとくかな。あ、でも夜宵の場合は、男子トイレだと色々まずくね?」
「まずいかもだけど、女子トイレに入るわけにはいかないよ」
ウチは男子校だけれども、一応女子トイレはあるのだ。主に来賓用だけど。平時なら入ってもまぁ問題はないが、いまは女子高生のお客さんもいる。バレたら確実にアウトだ。
「まぁそうなんだけど。いや、そうじゃなくて、ほら、多目的トイレ行った方が良いんじゃないか、ってこと。たぶんスカートだと立ったままはしづらいだろうし、個室から姫が出て来てもびっくりするだろうしさ」
「確かにそうかも」
そんじゃ、とりあえずトイレ済ませちまおうぜ、と立ち上がり、そこから数メートル先の多目的トイレを目指す。その手前には男子トイレもあるので、俺はそっちを利用することにし、一旦別れた。
手早く用を済ませて出るが、夜宵はまだいなかった。やはり少々手間取っているようだ。無理もないよな、だってあんな長いスカート履いてんだもん。下には学生ズボンも履いてるし。ていうか、スカートの場合って、あれは捲ってやるのか? それとも脱ぐのか? 脱ぐんだとしたら偉いことだぞ。手伝った方が良いのか? いや、さすがに大丈夫か。あれそんな本格的なドレスじゃないしな。
壁に凭れてそんなことを考えていると。
「あっ、いたいた!」
「あのー、すみませーん」
きゃあきゃあと何やら騒がしい声である。その方に視線をやれば、紺色のブレザーにチェックのスカートの二人組だ。市内の女子高の制服である。さっきも同じ制服の女の子達に話しかけられたが、たぶん違う子だと思う。髪型もほぼ一緒だから正直言って見分けつかねぇんだよなぁ。
「何?」
「あの、いま一人ですかぁ?」
「は? いまは、うん、一人だけど?」
お前達の目は節穴か。この場に何人もいるように見えるか?
「あのあの、さっき、めっちゃカッコいい王子いるって友達から聞いてー」
「写真見せてもらったら、もー、マジ王子じゃん、って思ってー」
「はぁ、ども」
ほんと、我ながら、マジで王子すぎると思うわ。なんて言うのかな、マジで絵本に出て来るタイプの王子なんだよな。白タイツはさすがに勘弁してもらったけど。遠藤、こんなベタな王子衣装どこで買って来たんだ。こんなの誰が着たって秒で王子になるっつーの。てことはアレか。夜宵が着ても王子になるんだよな。あいつ、背も高いし、こんなの着たら女子生徒が黙ってないだろ。良かった、姫の方で。いや、それでさっきナンパされたんだったな。駄目だ、姫も駄目だ。ああでも姫の恰好じゃないとくっついてられないのか。くっそ、悩むぜ……。
「あのー、もしもーし」
ついつい余計なことを考えてしまい、女の子達を無視する恰好になってしまった。すんません、と小さく詫びると、「王子謝るとかマジウケんだけど」とギャルっぽい子が大袈裟に手を叩いて笑い出した。何が面白いんだ。
「そんでー、もし良かったら案内してほしいなーって。ねー?」
そのギャルが、ぐい、と俺の腕を掴む。
「はぁ? ちょ、放せって。何」
「良いじゃーん、王子なんだしさー、女子に優しくしてよー」
「そうそう、ハーレムじゃん? マジ王子ー」
「マジ王子とハーレムの意味わかんねぇし。放せって」
これがウチのクラスの野郎共なら、拳骨でもくれてやるところなのだが、さすがに女子にそれは出来ない。しかも恐らくは、それを『武器』と捉えているのだろう、俺の腕をぐいぐいと引っ張りながら上目遣いでまつ毛をばさばささせている。すげぇ、それ自前? 人間のまつ毛ってそんなにばさばさに生えるもんなの? こわっ。
どうしたものかと戸惑っていると、くい、とマントが引っ張られた。何だ? と振り返ってみると、真っ赤な顔をした夜宵である。
「駄目」
一度小さい声でそう言ってから、マントをくいくいと手繰り寄せ、今度は後ろからギュッと抱き締められる。
「萩ちゃんは、僕の」
俺よりは細いけれど、薄く筋肉のついた夜宵の腕は、小さく震えている。夜宵は人見知りだし、共学だった中学の時だって、女子とはあまり関わってこなかったから、緊張してるのかもしれない。本人は結構女子から人気があって告白なんかもよくされてたんだけど、俺が知る限りでは、彼女を作ったことはないはずだ。
「僕のだから。いまは、僕の王子様だから、駄目」
震える声でそう言って、腕にぐっと力を入れる。目の前の女子生徒二名が、「きゃああああ!」となぜか満面の笑みで悲鳴を上げた。
「ちょ、姫じゃん! 姫来たじゃん!」
「何これ?! ちょ、もう仕上がってんじゃん!」
「えー、嘘、マジで? マジ良いもん見たわ。尊みで死ぬ」
「死ぬ、わかる。いま死んだ」
いやいや、そんなあっさり死ぬなよ。しかも他校で。
彼女らはその後も何やら甲高い声且つ早口できゃあきゃあと意味不明なことをしゃべり、バシャバシャと写真を撮って(絶対にSNSには上げるなよと釘は刺したけど)、嵐のように去って行った。人数としてはたった二人なのに、何だかツアーの団体客でも相手したかのような疲労感に襲われて、俺と夜宵はその場にぺたんと尻もちをついた。まぁ厳密には、俺が座っちゃったから、夜宵も釣られて、という感じではあるんだけど。
「萩ちゃん、その、ごめんね」
「何がよ」
「変なこと言っちゃって。その、僕の、なんて」
「そんなの、俺だってさっき言ったし」
「そうだけど」
いつまでも地べたに座ったままというのも、と思い、夜宵を立ち上がらせて近くのベンチに座らせる。俺は立ったままでいるつもりだったけど、夜宵が「萩ちゃんも座って」と袖を引いて来たので、大人しく従うことにした。
「あの、あのね。萩ちゃん」
「おう」
「萩ちゃんは、その……、僕の、親友だよね?」
「えぇっ!? 何いまさら!?」
うっそマジかよ。ここで確認されるのか俺。もしかして親友って思ってたの俺だけ? いや違うな。確認してきたってことは、夜宵の方が疑ってるんだ。俺の態度が親友のそれじゃないって。
親友だと、夜宵は思ってるはずだ。俺だってずっとそう思ってた。ついつい気持ちを伝えそうになったりもしたけど、夜宵のためにも、我慢した方が良いんだろうとも思ってた。だけどさっき、誰かに取られそうになって、頭が真っ白になったのだ。いつか、そう遠くない未来、きっと夜宵は誰かと付き合って、俺から離れていく。その覚悟はしてたと思っていたけど、実は全然そんなことなかった。夜宵は誰にも取られたくない。
「お、俺は……夜宵のこと、親友とかじゃなくて」
ありったけの勇気を振り絞って、そこまで吐き出す。願わくば、恋人になりたい。そう伝えたくて。だっていまの夜宵は俺の姫だし、俺は夜宵の王子様なのだ。いまだけでも良い。断られたら、嫌だと言われたら、文化祭の間だけで良いからと、なりふり構わず頼み込むつもりだった。
あれ、でもそう言えば、夜宵は次も姫で出るのか? それとも、他のやつ? だって本当はあれ、石膏像の予定だったもんな。たまたま夜宵が手があいていたからやってくれただけで。それじゃ、次は誰がやるんだろう。
そんなことを考えてしまい、間があいたのが良くなかった。
夜宵の耳に届いたのは「親友とかじゃなくて」の言葉だけだ。
「や、やっぱり、萩ちゃんと僕は……」
親友でもなかったんだね。
弱々しい涙混じりの声が聞こえて、慌てて顔を上げる。目の前の夜宵は、大きな瞳から、ほろほろと涙をこぼしている。
「ごめんね、僕、同じクラスでもないのに。いつもいつも、迷惑だったよね」
ごめん、ほんとごめん、と何度も言って、下瞼を拭う。そうしてから化粧をしていたことに気が付いたのだろう、「直して来る。ついでに、着替えて来るね」と立ち上がりかけた手を取った。
「待って、ごめん。違う。間違えた。そうじゃなくて」
「良いよ、萩ちゃん。無理しないで。困らせてごめん」
「もう謝んな。違うから。いまのは俺が間違えただけだから」
「間違えたって、何を?」
ぐす、と夜宵が鼻を鳴らす。さすがはC組のビューティー枠、兎崎のメイクである。意外と崩れていない。目の端と鼻が赤くなっている夜宵は、何とも儚げな美しさだ。
ぐい、と引っ張り、再び隣に座らせる。僅かな隙間を詰め、そのまま抱き寄せた。
「萩ちゃん……?」
「違うんだ夜宵。俺が言いたかったのは、そういうんじゃなくて」
思わず両手に力が入る。苦しいよ、と声が聞こえて、慌てて少し緩めた。
「その、親友は、親友なんだけど、その、それだけじゃないっていうか」
「親友ではあるの? 僕もそう思ってて良い?」
「それはもちろんそうなんだけど、出来れば、俺と同じ気持ちでいてほしいっていうか」
「萩ちゃんと?」
ここまで来たらもう後戻りは出来ない。
腕の中の夜宵は拒む様子もない。もしかしたら夜宵も、なんて淡い期待が膨らんでいく。
「俺! その、夜宵と、こ、こ――」
恋人になりたいんだ!