「いっそ演劇をやろう! 演目は白雪姫だ!」

 もうこれしかない、と思った。
 ハッピーエンド請負人として、やはり文化祭でバシッと決めたいと思ったのである。こういうイベントというのはどうしたって気持ちが高揚してしまうものだ。浮足立つと言い換えても良い。体育祭が失敗に終わった以上、ここで決めるしかない。

 この好機を逃す手はない。

「俺は某小説投稿サイトで四桁の評価をもらったこともある男だ。脚本は俺に任せてくれ」

 四桁の評価というのは多少盛ったが、小説投稿サイトに自作小説を上げているのは事実だ。

「遠藤、我が演劇部が不甲斐ないせいで、申し訳ない。ありがとう!」

 演劇部の顧問が直々に頭を下げに来た。いまの演劇部は三年生がおらず、しかも今年も入部希望者がいなかったために二年生(俺らの学年)しかいない。しかもその大半が我がクラスに集まっているため、他クラスの演劇部もクラスの出し物そっちのけでこの白雪姫に出ることになってしまったのである。そういう意味での「申し訳ない」と「ありがとう」なのだ。

「ですが先生、これはあくまでもウチの演劇。脚本はもちろんのこと、キャスティングまで全て俺に任せてもらいますよ」
「わかってる。俺は元々演劇に関してはズブの素人だ!」

 じゃあなんで顧問なんかやってんだよ。ジャンケンで負けたのか。

 とにもかくにも言質はとった。これでこの劇は俺のものだ。王子役はもう決まっている。南城である。あいつ、天然の茶髪だし、実は案外顔が良いのだ。それでいて、性格も明るいし、茶髪にピアスという不良寄りのビジュアルにも関わらず誰とでも仲良くなれるため、先輩からも後輩からも実はモテる。密かにアイツを狙っているモブ共も多い。

 こっそりと何かしらのフラグを建てようとするやつらを「『矢×モブ』なんて解釈違いも甚だしい! 帰れ!」と何度蹴散らしたかわからない。それでも「違います! 僕は『モブ×矢』のつもりで来てます!」と食い下がる猛者もいたが、そういう問題ではないのだ。お前、モブの自覚はあるのね。

 NTR(ネトラレ)というジャンルがあるのも知ってるし、それがきっかけで「やっぱり俺にはお前しか!」に発展し、なんやかんやでうまくいくパターンがあるのも知ってる。けれどもそれは上級コースだ。それで上手くいったとしても、過去のNTR体験が尾を引き、闇落ちすることもある。『矢×夜』にはそんな思いをしてほしくは――と、ついつい自然な流れで『()×()』にしてしまった。あくまでもこれは俺の願望である。

 とまぁそんな経緯で自らセッティングした大チャンスである。神田は他クラスではあるが、飛び入りで姫役をさせるつもりだ。この無理を通すために脚本&監督に立候補したのである。
 とはいえ、飛び入りであるわけだから、最初から最後まで姫をやらせるつもりはない。それは姫役の角田にも悪いし。だから、元々石膏像を置くつもりだったキスシーンのみの出番である。これなら台詞を覚える必要もないし、こんな据え膳の状況なら、さすがの南城でも美味しくいただくはずだ。

 頼む、この際俺の敷いたレールの上でも良いから、とっととくっついてくれ!

 しかし俺は、南城がここぞという時にヘタレまくる野郎だということを知っている。これまでの経験で痛いほど知っている。まぁ、不良寄りの茶髪のチャラ男が、そのオラついた見た目に反してヘタレであるというのは、ある意味様式美のようなものというか、ヘタレの癖に実は『攻め』というのも意外性を狙った配役で美味しかったりするものなのだ。ただ、もうそれが界隈に浸透しすぎて意外でも何でもなかったりもするが。だからまぁ俺としては、むしろ茶髪のチャラ男はヘタレであってほしいし、ヘタレの癖に頑張って攻めてほしい。まぁ南城は言うほどオラついてもいないけど。

 にしても、動かんな、南城の野郎。
 やはりヘタレたか。
 ここまでの据え膳でもヘタレられるとか、ある意味才能だよお前。俺の言う『リアリティ』ってどういう意味かわかるか? 振りじゃなくて、実際にチュッてやっちまえよ、って意味だぞ? 別に石膏像と生身の人間を交換することじゃないぞ?

 お前、俺が客だったら「キース! キース!」って手拍子付きで煽ってるからな? むしろ何でこのコールが出ないんだ。上品すぎるだろ、オーディエンス! 何? 今日のお客さん紳士淑女しかいない感じ?! 何でこういう時に限ってギラついた腐女子の皆さんがいないんだよ! 

 仕方ない、ここはどうにか俺が場を持たせるしかない……!

『話は三週間ほど前に遡る――』

 こんなこともあろうかと、用意しておいたんだ!
 名付けて、『白雪姫エピソード0作戦』!

 白雪姫は版を重ねるごとにちょっとずつ内容に変更点が出て来る。その時その時で、いまで言うところのコンプラ的な問題があったのだろう。姫をあの手この手で殺害しようとした継母だって原作では実母だったりするし、彼女の最期も様々だ。王子にしたって、姫とは毒林檎で倒れた時にたまたま通りがかった初対面パターンもあれば、実は元々軽く面識があったパターンもある。というわけで、もしもの際にはこの『実は軽く面識があった』パターンを採用することにしたのである。大丈夫、劇中で『二人は初対面』なんて一言も言ってない。

『狩りの途中で道に迷ったヤハギ王子は、どこからともなく聞こえてくる美しい歌声に馬を止めた』
『ら~らら~ららら~♪ るる~るるる~♪』

 もう自分の文才と歌唱力が怖い。
 聞こえているか、南城、神田。届いているか、俺のこの思いが。頼む、俺の思いを汲んでそろそろチュッとやってくれ!

 ……と思ったら、やはり神田が動いた!
 俺には見えた! 南城の襟首を掴んで引き寄せたのを! やはり黒髪は男前! そんで神田、お前は襲い受けの才能がある!

 よぉーし、やれ! やったれぇぇ!

 その時である。

「ヘイヤァッ! ヘイヤァッ! らんらーららんらんらー♪」

 ――は?

 わらわらと出て来たのは、舞台袖で待機を命じていた小人達である。ちなみにメンバーはすべて演劇部だ。姫と王子という美味しい役どころを部外の人間にしてしまったので、せめて小人や女王など、見せ場の多い役を演劇部に与えたのである。
 七人の小人は本来であれば、姫の棺の周りでおいおいと泣いているはずなのだが、周りにこんなのがいたらおちおちキスも出来ないだろうということで、演出上の理由で、と無理やり納得させて引っ込めていたのだ。いや、「らんらーららんらんらー♪」じゃないから。何勝手に出て来てんだ!

 あっ、よく見たらあいつら、『演劇部募集!』なんて横断幕まで持ってやがる! おいやめろ、いつの間にビラなんて用意したんだ! 配るな配るな! 確かに劇終了後、部員募集の宣伝はしても良いと言ったが、まだ終わってないぞ!? くそぉ、演劇部顧問! 貴様かぁっ!? 親指立てて「良いぞ!」じゃねぇよ! 良くねぇ!

「さぁ、皆さんご一緒に!」

 ちょ、おい!
 何で棺の中から(神田)を引っ張り出した!? 南城も既に捕まってるし! あああ、困惑してる……そりゃそうだよな。あと一歩で合法的にキス出来たのに(キスは合法だ)、それを無理やり中断させられたんだもんな。

 うわ、神田白雪に黄色い声がすっごい。だよな、さっきまでゴリゴリマッチョの角田白雪だったんだもん、どんなイリュージョンかと思うわな。

 かくして、あれよあれよという間に七人の演劇部小人にジャックされた『白雪姫』は、なんやかんやで息を吹き返した白雪姫と、王子、継母が小人達と共に仲良く踊り、謎の大歓声に包まれて幕を閉じたのであった。

 演劇部、貴様ら後で覚えてろよ!


★次回予告★
 なんやかんや衣装のまま校内を練り歩くことになった二人!
 見目麗しいヤハギ王子とヤヨイ姫にそれぞれ魔の手が――!?
 一方その頃、遠藤にもピンチが訪れていた!
 サポート一切なしの状況で、二人は無事、思いを告げられることが出来るのか!?

 次回、なんやかんやで最終章!『なんやかんやで文化祭を楽しむ二人・校内デート編』!
 ご期待ください!