ポッキーゲームである。
 十一月十一日でもないってのに、なんやかんやでポッキーゲームをすることになったのである。

 しかも、俺の目の前にいるのは、幼馴染みの神田(かんだ)夜宵(やよい)だ。紛らわしい名前ではあるが、男である。ここは男子校なのだから当たり前だ。

 季節外れのポッキーゲームを提案してくれた遠藤、グッジョブ。放課後、適当に駄弁ってそろそろ帰るか、なんてそわそわし出すタイミングで、なんの脈絡もなくいきなりポッキーゲームやろうぜ! と鼻息荒く言い出した時は、コイツいきなりどうした? と思ったし、お前となんて普通に嫌だよと思ったが、相手が夜宵となれば話は別だ。

 家が隣同士の幼馴染み、夜宵は、俺とはまるでタイプが違う。

 俺はまぁ見た目はチャラい茶髪野郎だし、ピアスもあいてるし、その外見通りというのか、成績も悪い。好きな科目は体育(保健体育含む)です! を地で行く、とでも言えば良いだろうか。よく言えば元気いっぱい、悪く言えば落ち着きのない馬鹿だ。

 それに反して夜宵はというと、黒髪の真面目君だ。ふんわりおっとり落ち着いていて、優しい。その上成績も良い。なので、今年から特進クラスになってしまった。

 だけど俺達は、自他共に認める親友同士である。

 俺は見た目こそこんなので、普段つるむ友人もピアスがバチバチの奴らだけれども、決して不良というわけではない。というか、友人達も別に見た目が派手なだけで不良ではない。カテゴリ的に『陽キャ』ってだけだ。宿題だってちゃんとやるし、提出期限もきちんと守る。ナチュラルに、シンプルに頭が悪いだけだ。あと、茶髪なのは地毛だ。ちゃんと然るべき書類――ナントカ証明書とかいったっけ――も提出してる。

 そして夜宵はというと――、

「どうしたの(はぎ)ちゃん、やんないの?」

 夜宵が、眼鏡の奥の瞳を少し細めて、訝し気に首を傾げている。そう、夜宵は眼鏡君なのだ。華奢な銀のフレームのやつ。もうこれだけでめちゃくちゃ賢そうだろ? 実際賢いんだ。本人は大したことないっていつも言うけど、どんなに調子が悪くても学年で五位以内にはいる。普段は三位以内をウロウロする感じ。これで大したことないってどの口が!? と俺なんかは思うわけだが、夜宵の場合、家族全員賢いタイプだから 学校のレベル云々から考えると、これでもまだ『大したことない』レベルらしい。怖っ。ていうか何でコイツ、もっとレベル高い高校(トコ)受けなかったんだろう。いや、俺は嬉しいんだけどさ。

 それは置いといて。

 夜宵は放課後、これくらいの時間にウチのクラスの前を通るのだ。そこを俺が捕まえて、一緒に帰らないかと誘うのがいつもの流れ。家も隣だし、一人よりは二人の方が楽しいじゃん? だけどなんかほら、きっちり約束するってのもさ、うん、ちょっと恥ずかしいっていうか。もう俺ら高校生だしさ。

 今日も例に漏れず、夜宵は、ウチのクラスの前を通りがかった。それを捕まえたのは俺ではない。去年同クラスだったというよしみで遠藤が声をかけたのである。男子校の放課後、いきなりポッキーゲームやろうぜ、と誘われて首を縦に振る酔狂な男がいるだろうか。

 いる。
 ここに。
 誘った遠藤も遠藤だが、あっさり受ける夜宵も夜宵だ。
 
 そんで、そのポッキーは俺の手にある。
 つまりは、俺がそれを口に咥えて、はいどうぞカモン、とやらなくてはならないのだ。

「やるよ」

 やるのである。
 
 大きな声では――というか、本人の前でも本人の前じゃなくても言えないが、俺はこいつのことが好きなのである。もちろん、友達とかそういう意味じゃないやつ。小学生の時から温めまくってる初恋だ。鳥ならとっくに孵化して飛び立ってる。きっかけが何だったかなんてもう思い出せない。だけど、気づけば俺は夜宵のことが好きになってた。セミ捕まえに行こうぜと取った手は、気温のせいだけじゃない汗で湿っていただろう。精一杯、親友のふりをして、そんな顔をして、俺だけが、あいつのことをそんな目で見てる。

 周りが好きな女の子の話で盛り上がる中、浮かないようにと話を合わせつつも、思い浮かべるのは夜宵のことだった。『矢萩ちゃん』から『萩ちゃん』と呼び方こそ変わったけど、小学生の時から変わらない、優しい笑顔で俺と一緒にいてくれる、大好きな親友。

 ピアスは、高校の入学式前に夜宵にあけてもらった。怪我とかそういうのじゃない、一生身体に残る傷を、夜宵につけてほしかった――なんて言ったらなんか俺すげぇやべぇやつみたいだけど。

 最近では創作でも現実でもかなり市民権を得たとはいえ、同性が好きなんて、まだまだマイノリティだ。きっと親も良い顔はしないだろうし、第一、夜宵の方でも女子が良いに決まっている。だから、俺の想いが叶うことなんてないだろうから、せめてピアスだけでも、と思ったのだ。

 こんな軽いノリというか、あくまでもゲームという形でのじゃれ合いくらいしか、俺には許されていない。逆に言うと、これくらいのノリの触れ合いは、それこそ小学生の頃はよくあったのだ。けれど、色気づき始めると、さすがに俺の方では色々意識もする。昔みたいにふざけて抱き着くなんてとんでもない。ハイタッチくらいが関の山だ。だから、この貴重なチャンス、逃すわけにはいかない。

 さすがにキスまでは無理でも、その寸前のところまで何とかならないだろうか。例えば、そう、息がかかる距離くらい、とか。

「夜宵、これはゲームだからな」
「何いまさら」
「つまり、勝ち負けがあるってことだよ」
「成る程。それで?」
「負けた方はどうする? 何かペナルティつけようぜ」

 これくらい挑発すれば、ああ見えて案外負けず嫌いの夜宵のことだ、絶対に乗って来るはずだし、絶対に負けまいとムキになってギリギリまで引かないだろう。何なら多少触れちゃったってそれはもう全然こちらとしてはウェルカムというか。むしろお願いします。

「そうだなぁ。今日の帰り、肉まんでも奢るよ。萩ちゃん、好きだもんね、24(ニーヨン)マートの肉まん」

 そう言って、ふわ、と笑う。

 はぁぁぁぁ――――!?
 お前の方が好きだわ!
 むしろお前が好きだわ!
 俺の好きなものをちゃんと覚えてくれてるお前のことが好きだわ!

 肉まんなんてどこのコンビニのも同じだろと思われたかもしれないが、24マートのは他のコンビニのとはちょっと違うのだ。他の店のものより生姜がピリッと効いているのである。俺、辛いのは苦手なんだけど、生姜は好きなんだよなぁ。

「萩ちゃんは? 負けたら僕に何してくれる?」
「おっ、俺は、そうだなぁ。じゃあ、ファミリーストア(ファミスト)のボロネーゼまん奢る。夜宵、この時期いつも食べるもんな」
「……うん、良いね。乗った」
「よっしゃ、逃げんなよ」

 そして夜宵の方でもコンビニの蒸し饅頭にはそれなりのこだわりがあって、絶対にピザまんしか食べない。とはいえ、この時期、ファミストで限定販売されるボロネーゼまんだけは別だ。本人の口から「これが好き」と聞いたわけではないけど、この時期になると絶対にファミストに寄りたがるし、寄れば絶対にボロネーゼまんを買う。そしてその足で24マートに寄り、俺の肉まんを買うのが定番のデートコース……ってそう思ってるのは俺だけなんだけど。

 ポッキーを口に咥えて、こちら側のスタンバイはOKだ。どこからでもかかってきやがれ、と、ギュッと目をつぶる。

 さて、夜宵どうする。
 俺はもうほんとギリッギリまでいくつもりだけど。
 お前はどうする。
 何だかんだ言っても、日和って二口程度で止めるか、どうなんだ?!

 咥えたポッキーにかすかな振動が伝わってくる。夜宵も咥えたらしい。

 途中で折れてしまうなんてことがないように、俺は慎重に食べ始めた。