なるべく音を立てないように校内を走り――というか、保健室は玄関から近くにあるため、そこまで長い距離でもないんだけど、とにかく急いだ。あいつら以外に保健室を利用しているやつはいないはずだ。保健室といえば、当然ベッドもカーテンもばっちり揃っている。具体的にナニをとは言わないが、何かが三段飛ばしでおっ始まってる可能性だってある!

 あるよな!?
 お前達もういい加減にしろよ!?

 神田は足首をやっちゃってたみたいだし、そこのお触りから何かが始まれよ!

 呼吸を整えて、戸に耳をつける。精神を統一すれば、どんな囁き声だって俺には聞こえる――はずだ。

「あのさ、さっきの続きなんだけど」
「さっきのって?」
 
 さっきのとは何だろう。
 頭上に疑問符を浮かべつつ、その続きを待つ。

「その、借り物のお題。あれは――」
「ま、待って萩ちゃん! 良い良い、言わなくても! もうわかってるから!」

 成る程、借り物の札の話題だったんだな。そんで、いつものように邪魔が入った、と。そして、どういうわけだか神田はそれを知っている。なぜ知っているんだ。あいつ普段はめちゃくちゃ鈍感なのに、どうしてそんな鋭いんだよ。
 
「え? 何で? わかってるって、え?」

 うん、南城の動揺も最もだ。うん、俺も同じ気持ち。

「なんていうか、その、それを聞いたら何か立ち直れない気がして」
「えぇっ!?」 

 えぇっ!?
 
 いや、これアレだ。
 確実に神田は何か勘違いしてるな。
 そうだなぁ、神田が立ち直れないと思うようなお題と考えると――。

 体育が苦手とか、その辺りだろうか。体育も『たい』から始まるしな。南城が『たい』まで言いかけたところで邪魔が入り、神田が勘違いした可能性は大いにあり得る。あいつ、勉強は出来る癖にその辺がとにかく馬鹿だから。そう仮定すると、

「ごめん、なんて言ったら良いのかわかんないんだけど、その、たぶん、萩ちゃんが思ってる以上にダメージを受けることになりそうっていうか」

「違うよ! その、迷惑とかじゃなくて! 僕の気持ちの問題ってだけなんだけど、ほんと! ほんとに!」

 神田のこの反応も、頑なに聞きたがらないのも納得だ。うん、今回も底なしの馬鹿だな。

「え、ちょ、てことは、その、夜宵は、その、なんていうか。俺のこと、その、き、嫌いなん……?」

 ぉおっとぉ!? 南城が拗らせたァ――! どうしてそうなる!? いや、むしろそうなるのか!? しかしこれは案外良いパスかもしれない! 違うよ、好きだよ、とかそんな感じのことを言えぇぇぇ!

 そこからは、嫌われていると勘違いした南城と、それをなだめようとする神田の、全くかみ合ってはいないけど、第三者からしてみれば「お前らそれはもうほぼほぼ告ってるからな?」というツッコミ待ちなんじゃないのかって思えるような応酬が続いた。

 えぇ、どうすっかな、これ。
 もう俺が乗り込んで、解説した方が良くないか? 保健室ってホワイトボードくらいあるよな? 

 そう思って、腰を浮かせた時。

「お願い。ほんとに、夜宵を傷つけたいわけじゃないんだ。ただ俺は、『大切な人』って書いてあったから、そんなの、夜宵しかいないって思って」

 おっ?!

 南城?!
 南城お前、そういうこと言えんの?!
 どう出る?! どう出るんだ、神田ァ! もうお前にかかってるぞ、ここは!

「た、『体育の苦手な人』、じゃなくて……?」

 ビンゴ――!
 いやもう俺すごくね? 逆に俺がすごくね? 『名探偵・遠藤初陽』爆誕してね? おいやめろ話のジャンル変わるだろうが! 

「え、違うけど。何? お前、そんなお題だと思ってたのかよ!」
 
 全くだよお前!

「だっ、だって、絶対眼鏡だと思ってたら、高野君じゃなくて僕だったし、それで、『たい』から始まる言葉なんて言ったら、もう『体育の苦手な人』しか浮かばなくて……!」
「そんなわけねぇだろ! お前、体育の成績なんぼだよ!」
「四だけど」
「四取れるやつは苦手じゃねぇんだよ!」
「だって、それは筆記で……」
「筆記だけで取れるか!」

 南城のツッコミが冴えわたる。今日のお前、多方面で大活躍だな。MVPだわ。マジで。

 まぁでも、誤解も解けたことだし、ここからはゆっくり気持ちを確かめ合えば良いだろう。さすがに邪魔も入らないだろうし、ベッドも存分に使え。代表リレーの時間には呼びに来てやるし、こっそりシーツも替えてやるから。

 カップル成立の瞬間を見届けたい気持ちもあるが、場所も場所だ。告白と同時に何やらが始まる可能性もあるし、さすがにその辺を出歯亀する趣味はない。結果だけでも後で教えてくれよ。

 ハッピーエンド請負人はクールに去るぜ。

 多少後ろ髪を引かれる思いもあったが、振り切って立ち上がる。

 と、そのタイミングで、引き戸が勢いよく開いた。

「よーし、騎馬戦頑張るぞー!」
「おう、無理すんなよ! ――って、あれ、遠藤?」
「ほんとだ。遠藤君、どうしたの、こんなところで」

 何とも晴れやかな顔をした二人である。神田に至っては拳まで振り上げている。お前そういうことするんだな。意外だわ。

「え。お前ら、何で」
「何でって、何のこと?」
「え? だって神田、お前足は?」
「軽く捻っただけだから大丈夫だよ。ガチガチにテーピングしてもらったし、騎馬戦って言っても、僕は作戦上、一番後ろにいるだけだから」
「へ、へぇ……」

 ぎっちり固定しているせいで多少歩き方はぎこちないものの、それでも案外しっかりとした足取りで、玄関へと向かう神田と、その肩をちゃっかり支える南城。さっき漏れ聞こえた会話からして、決定的な一打があったわけではないにせよ、ほんのわずかに進展した気がする。もうこいつらは牛歩なのだ。いや、牛に失礼かもしれないな。牛の歩みより遅い。


 結局、どこからどう見ても弱そうな神田(ヒョロ眼鏡)を大将を据えた白組だったが、口に出すことも憚られるほどのエグい戦術により、あっさりと赤組を撃破した。足を負傷している神田は、定位置から動かず、眉一つ動かさず、ただただ笛の音だけで騎馬達に指示を出していて、その様が、昔の戦争映画に出て来る独裁者のようで、応援席は震え上がったものである。そんな中でも南城だけは「さすが夜宵だ! すっげー! 角田瞬殺じゃん! あっはっは!」と馬鹿みたいにはしゃいでいたが。気持ちはわかるけど、お前、敵チームだからな? 指差して笑うのやめてやれよ。

 赤組の大将である角田が、目も当てられないくらいに凹み、同じクラスの兎崎にさんざん馬鹿にされていたのが印象的だった。

 ちなみに、代表リレーは南城がぶっちぎりの一位でゴールし、それを誰よりも喜んだ神田が「貴様敵チームを応援するなんて!」と皆から責められたものの、「お前ら夜宵に何すんだよ」と未来の彼氏が助けに来るという茶番もあった。

 良いからはよ付き合え。

 その場の全員の心が一つになり、そうして体育祭は幕を閉じたのである。

 結果はまさかの引き分けだった。
 現場からは以上です。


★次回予告★
 ついに来た文化祭!
 なんやかんやで白雪姫を演じることになった二人!(他クラスなのにね)
 ヤハギ王子はヤヨイ姫を口づけで目覚めさせることは出来るのか!?
 あと一歩の勇気が出ないその時、DJポリス・遠藤が動く!

 次回、『なんやかんやで文化祭を楽しむ二人・白雪姫編』!
 ご期待ください!