「一生懸命頑張りますので、今日はよろしくお願いします」
 うるうるデカ目メイクを施した儚げ愛され顔で振り向いたら、その共演者はみるみるうちに赤面していて、思わず心の中でほくそ笑む。よし、今日もルカちは絶好調。
 
 追跡者を操る悪人と対決する筋立て部分は撮影済みだから、ロケをクリアすればこの仕事は終わりだ。
 しっかり準備体操をして身体をあたため、俺に付いてくれるカメラマンさんへ挨拶をして、撮影ポイントへと移動する。
 俺たちを追い回す追跡者が何人いるかも、どこから出てくるかも知らされていない。ガチンコ一発勝負だ。俺は残念ながらガチで勝ちを取りには行けないが、ご当地アイドルとして絶対に爪痕を残してやる。
 スタートの合図とともに、俺たちは走り出した。

 出だしは快調だった。共演者が確保されたという情報が専用のスマホから次々と送られてくる中、俺は追跡者とのニアミスに手こずりながらも、捕まっていない共演者と協力して、ミッションをこなしていた。
 初参加にしては、良い動きができていると自分でも思う。悪人(役)が繰り出す妨害を解決してみせた時は、ディレクターからのOKサインに、どうだ爪痕を残したぞと思わずガッツポーズが出たくらいだ。

「怖いけど、みんなのために頑張らないと」
 という俺の独白を、カメラ目線とともにしっかりキャッチしてくれたカメラマンさんには大感謝。初めましての視聴者には、可愛くて運動神経抜群なこの子だれ? というインパクトを、俺のファンには、「うっそ。ルカちカッコいいじゃん」という意外な一面を見せられたはずだ。

 活躍すればするほど俺の出演シーンが増えると思うと、つい追跡者に見つかるギリギリのところで逃げ切ったり、視聴者にハラハラさせるような動きを意識してしまう。いけね。そろそろ社長の指示通り、可哀そ可愛いルカちに戻らないと。
 そんなことを考えていたら、近くで連携を取っていた共演者の『ルカくん、後ろ、追跡者!』と慌てる様子が目に入った。やべ、気を抜いてた。
 ちらりと後ろを振り向けば、サングラスとマスクで表情を隠した黒ずくめの男が、オートマティックな動きでこちらへ向かってきている。かなりのスピードだ。
 まだロケの中盤、さすがに確保されるにはまだ早い。俺は一気にダッシュを切った。

 ──あれ? カメラマンさんがいない?