すっかりリラックスした状態でほてりを冷ましていると、コンコンとノックの音がして、ロッカールームのドアが開いた。
 入ってきたのは、なんと別所だった。俺は慌てて、バスタオルの合わせ目を隠す。

「神崎様。お疲れ様でした」
「あ、ああ、はい」
「清掃に入らせて頂きます」
「ああ、はい」
「失礼します」

 別所は律儀に会釈をすると、カーペットクリーナーで床をコロコロし始めた。俺の足元も遠慮なくコロコロするから、居心地が悪い。
 まだ汗は引いていないが、さっさと着替えてロッカールームを出よう。

 ん?
 そこで俺は、ふとバスタオルを外す手を止めた。今バスタオルを外したら、俺の裸が別所に丸見えじゃね?
 ギギギとゆっくり首を回してみると、別所は長身をかがめてコロコロに余念がない様子だ。
 うちのグループで一番背の高いメンバーよりも、頭一つは高いだろう。スタッフ用ポロシャツの半袖から覗く腕の筋肉。胸板の厚さ。肩の盛り上がり。太くてがっしりした首筋。そして、首筋に二つ並んだ特徴的なほくろ。

 くそ、俺の欲しいものをこいつは全部持ってやがる。筋肉も、色気も、自信も。

「神崎様、どうかされましたか?」
「あのー着替えたいんですけど」
「どうぞ」

 どうぞじゃねぇよ! この貧弱な身体をあんたに見せたくないんだよ!

 ロケ当日。ウルトラスターランドが開場する前、早朝五時から撮影は始まった。一般客に影響の出ない時間帯と言われれば仕方ない。
 《暴走中》は、芸能人やアスリートなどの有名人が、追跡者と呼ばれる正体不明の屈強な男たちから何とか逃げ延びて、賞金を手にするというエンターテイメント番組だ。
 全国にうちのグループをアピールするチャンスなんだからね。と社長とマネージャーからさんざん念を押されてきた。筋肉が間に合わなかったのは悔しいが、それは一旦置いといて、今日は可愛くて一生懸命なルカちに集中する。

 ロケバスの中でスタッフと最終確認を行った後、落語家や元政治家、芸人や俳優と、年齢も職種もバラバラな共演者が揃う中、俺はメイクに取り掛かる。
 メイクボックスの蓋を開ければ裏は鏡になっていて、たくさんのパレットやペン類が収まっている。それらを使ってサクサクとメイクを始めた俺に、共演者の何人かはびっくりしていたが、まあいつものことだから気にしない。