「ほら集中する。あと一回、はい終了です。よく頑張りました」
「ぬあああっ、マジでギブ」
「合ってますね、この器具。自宅でも毎日やって下さい」
「鬼め! 今日ロケでめちゃくちゃ走った後だって知ってるくせに」
「アドバイス通り、止まっている間も小さく身体を動かされていたのはとても良かったです。疲れも少なかったでしょう?」
「うん、まあそれはたしかに」

 トレーニングエリアを後にして、ロッカールームへ戻る途中、「あの、神崎様」と背後から声を掛けられた。
「さっき言われたこと、本気に取っていいんでしょうか、その……」
「嫌なら嫌で、はっきり言ってくれていいよ。思ってるような恋愛じゃなかったら悪いし」

 俺だって分かってる。別所がいくら恋愛にうとくたって、そもそも俺が対象外だったら、キスも、告白も、デートも意味がないことくらい。

「いえ、逆です。その……、対象内過ぎて……、現実だとは思えなくて」
「へ?」
「その……、ど真ん中のタイプ……なので、夢みたいで」
「どゆこと……?」

 さっきまでの鬼トレーナーから一転して、ゆでだこ大二朗が再び現れた。その口から思ってもみなかった言葉が飛び出す。タイプ? 俺が?

「実は……」
 別所が言いかけた時、他の客がロッカールームへと向かってきた。俺は小声で別所に伝える。
「俺ん家来い」
「え?」
「住所送るから、俺ん家来い。いいな?」

「つまり、あんたは俺のこと最初から好きだったってことでOK?」
「はい……お客様にこんな感情を……すみません」
「そこじゃなくてっ」

 俺のマンションに来るなり、別所の首根っこを捕まえて(実際には無理なのでそんな勢いで)、部屋の中へ引っ張り込んだ。問いただしてやる。最初から好きだったって態度じゃないだろ、あれ。

「本当に、不徳のいたすところです。自分なりに一生懸命考えたのですが、神崎様のトレーニングのお手伝いをするつもりが、逆にお気持ちを害するような物言いしかできず……」
「ルカ、って呼べって言っただろ」
「すみません」
 デカい図体を縮めるようにして謝る別所に、俺はそれ以上何も言えなくなった。

「で、どこがタイプなの。ちなみに」
「顔です」
 即答かよ。まあ別所だから忖度もできないしな。いっそ気持ちがいいわ。