すると、ようやく息を整えた別所が、サングラスを掛け直しながら驚愕の一言を発した。
「その、嫌とかじゃなくて、あの、生まれて初めてだったので」
「え? 別所トレーナー、キスしたことないの?」
「馬鹿にしてます?」
「馬鹿になんかしてないよ」
「神崎様は……どういうつもりでこんなこと」
「好きだからに決まってんじゃん」
「好き……」

 大変だ。また別所がゆでだこになって、「好き」を反復しながら両手で口を覆ってしまった。まさか別所がこんな反応をするなんて思わなかったぜ。
 
 しばらくしてから、別所は大きく息を吐くと、覆っていた両手を外した。
「取り乱してすみません。その、告白というのもキ、キスというのも初めての出来事だったものですから」
「別所トレーナー、俺よりだいぶ年上なのに?」
「恥ずかしながら自分、口下手が過ぎるせいか、恋愛というものをしたことがないのです。陸上漬けの生活でしたし」
「ずっと陸上を?」
「はい。中学生の頃から、休んだことはほぼなかったです」
「すげぇ。ずっと真面目なのなぁ」
「周りからはよく言われます」
「怪我をした時も、休まなかったの?」
「休まなかったですね。リハビリをすればまた元の自分に戻れると思って、何年も頑張ったのですが、元には戻れませんでした」

 見た目とのギャップ、無自覚かよ。好きになる要素増やすなよ。

 照れ隠しなのか、サングラスを外しては掛け直す、を繰り返している別所の様子を見ていたら、なんとなくその素顔に触れられたような気がした。
 真面目すぎて、自分のことも他人のことも一生懸命になってしまうんだ。きっと足の怪我の時も、全力を出し切れない自分を諦められずに追い込んでしまったんだろう。
 俺に新しい可能性を教えてくれたのは別所なのに、別所自身は真面目な自分を休むことができないんだ。

 おい別所、今度は俺が追い込んでやるよ。俺は、別所のサングラスに手を掛けた。まぶしげに目を細める別所の顔が、俺を見下ろす。いつもと違っておどおどと自信のない表情に、俺はキュンと胸の奥を高鳴らせた。

「で、俺の告白を聞いてどう思った?」
「ど、どうって、その、神崎様は大事なお客様ですし」
「その神崎様っての、やめてよ。ルカでいいよ、ルカで」
「や、それはちょっと」
「言ってみろよ、ルカって」