ジムのマシンは、俺の体調やスケジュールに合わせて細かく調整される。ジムに来られない時に家や事務所でトレーニングするための、めちゃくちゃ詳しいメニューも渡された。食事の内容まで書いてある。俺が自己流でやってたのとは、大違いだ。
「お忙しい中でも確実に続けられるトレーニング方法を考えました。やってみて難しかったり、こうしたいという点があれば、いつでも連絡を下さい」
 メニューの下にジムのものではないメールアドレスが書かれてある。これじゃあ、ガチのパーソナルトレーナーじゃん。
「自分の可能性をもっと伸ばしたいという神崎様のお気持ちを、先日のロケで感じました。あれは恐らく、神崎様の100%の実力ではなかった。もっと走れるのに、と思いました」
「え」

 びっくりした。別所には見抜かれていたんだ、俺が本気出せてなかったこと。
「あれは……、あの時は」
「自分のような一般人には分からない事情があるのだろうと思いますが、もったいないです」
「もったいない?」
「神崎様の理想のボディを手に入れるのは、正直言って無理だと思います」
「なっ」
「逆に、神崎様にしか手に入れることのできないものがあると、自分は思います」
「俺にしか……」
「またお叱りを受けるかもしれません。ですが、自分は嘘やお世辞でごまかしたくない。神崎様の可能性を伸ばしたいんです」

 一日のトレーニング成果を報告しろという催促メール。ジムに来るたびに浴びせられる小言や無遠慮な発言。仕事やダンスのレッスンでへばっていても、大目には見てくれない鬼の所業。
 別所の真剣な表情にほだされたのか何なのか。俺は悪態をつきつつも、別所の言いつけを守った。

 別所トレーナーの指導のもと、数日、数週間、数ヶ月が経ち。確かに俺の身体では、ムキまでが限度だったけど、振付の先生に褒められて、身体のキレが良くなっていることに気がついた。メンバーにも指摘されてびっくりした。
 疲れのせいでむくんでいた顔もすっきりして、チャームポイントのアーモンド目がくっきりしている。分かりやすいアドバイスで、下手くそだった自炊弁当も格段に上手くなった。

『上手になりましたね。タンパク質をはじめバランスがとても良いです』

 滅多に褒めてくれない別所が、俺の弁当画像を見てこんな返信をくれた。ヤバい。嬉しい。明日の弁当も頑張ろう。