自分でもこの悔しさが何なのか、説明がつかない。不器用な別所が損ばかりしているような気がして、俺は悔しかったんだ。
 何なんだ。どういう感情なんだよ、一体。

 口を開けっぱにして驚いていた別所が、ようやく息を飲み込む。その口から出た言葉は、俺の膨らんだ感情に針を刺した。
「……自分はあの時、ジムの大事なお客様に何かあってはいけないとしか頭になく」

 ああそうか。別所にとって俺はジムの客で、あの時庇ったのは、その真面目な義務感から出た行動だったってことか……ってどうして俺は落ち込むんだ? ますます自分の感情に振り回される。

「あーもう、わっけわかんねぇ!」
 別所と話していると、俺はどうしても頭に血が上ってしまうらしい。
「責任取って下さいよ」
「はい?」
「俺の筋肉、付きづらいって最初に言ったのあなたでしょ。ジムの大事な客なら、責任取ってちゃんとトレーニングして下さい」
「ですが神崎様。自分ですと、神崎様のご希望に添えかねるかと」
「へえ、別所トレーナーは結果を出す自信がないんですか?」
「そういうわけではありません。担当させていただくからには、しっかり結果を出します。ただ」
「ただ?」
「……その、自分は言葉を選んでお伝えすることが苦手と言いますか」
 あ、自分でも自覚はあるんだ。
「その……、何度かそれで……、失敗を」

 俺よりはるかに年上の別所が、口ごもりながら言い訳をしている。ずけずけと遠慮のない発言に毎回腹が立ってきたのに、その様子を見たら……俺、やっぱ変だな。

 俺の担当トレーナーは、その日から再び別所になった。
 別所のやり方は、マッチョ店長から勧められたものとはまったく違っていた。種類の増えたプロテインは、ジムで売られているものじゃないメーカーに替えられた。自宅でのトレーニングも、家にあるものでできると言う。
「え、そんな外部のもの勧めていいんですか」
「そんなことはどうでもいいんです。神崎様の場合は工夫をしないといけません。データを元に、しっかり調整させていただきます」
 別所、真面目。すっごい真面目。