すぐに効果の現れる魔法の筋トレがあればいいのに、なんて思いながら、ジムの受付に会員カードを提示した。
 あれ、マッチョ店長今日休みか。まあ、マシンの使い方もトレーニング方法も覚えたから、別にいいや。俺は特に気に留めることもなく、着替えてトレーニングエリアへと向かった。

「ジムに来れない時は、ご自宅でもフォローして頂かないと」
「……」
 俺はまた、別所に小言を言われている。
 マッチョ店長の代理で現れたのは、別所だった。黒スーツにサングラスをビシッと決めた先日の別所に、少しでもときめいてしまった自分が軽率だった。前言撤回、やっぱり気に食わない。

「ロケの時にも言いましたが、数日でもトレーニングを怠れば、筋肉はまた元に戻ってしまいます」
 ムニムニと無遠慮に俺の腕肉を揉みながら、別所の小言は続く。分かってるっつの、言われなくても。俺だってこんなに忙しくならなきゃ家でちゃんとやったわ。
 まあ別所の小言はいい。慣れたと言えば慣れた。それより気になるのは、別所のそれだよ。何だよ、それ。
「その腕の傷、どうしたんすか」

 半袖のポロシャツから、盛り上がった一直線の傷跡が見えた。だいぶ治りかけてはいるようだが、筋肉が筋肉だけに傷跡も目立つ。

「それ、もしかして俺を庇った時に出来た傷?」
「お客様に怪我をさせるわけにはいきませんので」
 何でもないことのように言い返す別所に対して、俺は何だか無性に悔しさが募った。
「お客様って、あの時はお互い出演者だっただろ!? ちゃんと言えば良かったじゃん。どうして怪我したこと隠してたんだよ?」
「神崎様、ちょっと声が大きいです」

 トレーニングエリアにいた全員がこっちを見ていた。俺は別所をエリアの死角へ引きずるようにして連れて行くと、続けざまにまくし立てた。

「黙っててくれたおかげで、無事にロケ出来たのはありがたいと思ってるよ。だけど、俺を庇ったせいでそんな怪我して、何なんだよあんた。足の怪我だって、小さい子供を庇って事故ったんだろ。自分を犠牲にしたって誰も褒めてくんねぇし、ちっとも得しねぇじゃんあんた」

 別所は俺の剣幕に驚いたのか、口をぽかんと開けて聞いていた。足の怪我まで言われるとは思わなかったのに違いない。
 俺だって言うつもりはなかった。そんなこと言ったら、俺がわざわざ別所の過去を調べたのが分かってしまう。