ちらりと周囲を見渡せば、追跡者別所の姿は、もう俺の視界からは消えていた。

 別所は本当に誰にも言わなかったらしく、その後のロケは、スムーズに進んだ。
 惜しくも追跡者(別所ではなかった)に確保された俺だが、ディレクター、カメラマン、共演者に健闘を称えられ、見に来ていた社長からもOKを貰って、爪痕を残すという任務は無事クリアだ。
 ただ、エリアの外で怪我までしかけたなんて分かったら、任務が台無しになるところだった。黙っていてくれたことに関しては、別所に感謝しなくちゃいけない。そして。
 あの瞬間に思わずドキドキしてしまった自分を、あれ以来何度も思い出している。

──って、勘弁してくれ、俺。

 自宅のパソコンデスクに突っ伏す。あんなやつの腕の逞しさだとか胸板の厚さだとか、どうしてそんなんばっか思い出しているんだ、俺は。
「ぬあああっ」
 胸のつかえを吐き出すように大声で叫んだ。だから! あいつがどうこうじゃなくて! あいつのルックスが! 好みなだけ!
 もう一度言います。俺はああいう、すらっとしているのにちゃんと筋肉の付いている身体に憧れているだけです。

 ロケが終わってから、俺は自分でもよく分からない気持ちを持て余していた。男らしい身体になりたすぎて、感情が変な方向に行ってしまっているのかもしれない。それか、何とか効果ってやつで、別所のルックスを美化してしまっているか。
 あ、きっとそれだ。ちゃんと見たら、別所なんて大したことないはず。
 
 パソコンの電源を入れてジムのホームページにアクセスし、スタッフ紹介のページを開いた。別所の画像をおそるおそるクリックしてみると、別所大二朗というフルネームとともに、一ミリも笑っていない別所の顔が大きく映し出された。
 大二朗、分かる。大二朗っぽい。見た目もそうだが、真面目が過ぎて不愛想な感じとか、社交辞令のひとつも言えないところとか。追跡者の時も、サングラスなんてしなくたって地でいけそうだ。
 ぷっと思わず吹き出しながら、俺は別所のプロフィールを辿った。
 三十四歳か、けっこう歳いってんだな。俺より一回り以上も上じゃん。なのにあのフィジカルをキープか、くそ。

 別所は三年前から、このジムでスポーツトレーナーをしているらしい。じゃあその前は何をしていたんだろう。