「はあ……何で身体動かしてんのに、頭使ってるんだろ」

今の時間だって、茅野の脳裏には夕里のことなんて1ミリも浮かんでいない。

一方的に気にしていてもやもやさせられていてばかりで、考えないようにしても茅野のものを身につけているせいですぐに思考が引き戻されてしまう。

クラスの平均身長より小さく、機敏な動作が得意な夕里を入れたチームは、今日もまたサッカーの総当たり戦で全勝するのかと期待されたが、結果は惨敗だった。

パスやドリブルはいつもより雑で、シュートは上手く決まらない。

「今日はどうしたんだ」と矢継ぎ早に聞かれたが、むすっとした表情で「今日は調子が悪い」と全員に返す。

本調子の出ない夕里を入れたチームは、最下位だった。

即席のチームの勝率よりも、夕里が今気になって仕方ないのは、3階の少し開いた窓の向こう側だ。

目が合っても気まずいな、と思いつつも、視線は自然と上を向いてしまう。

上の空になっている夕里の肩に、だらんと重い寺沢の腕がのしかかってきた。

ボールの片付けをぼちぼち終えて、チャイムが鳴る少し早い時間に教室へ戻る。

「ずっと心ここにあらず、って感じだったよ。どしたの、失恋?」

「……失恋だったら、もっとボール蹴りまくってストレス発散してる」

「発散出来てないってことは、ゆうちゃん今片想い中?」

「何でお前はすぐ恋愛にこじつけようとすんの。思春期か」

本心をひた隠しにする夕里の惚けに、寺沢は「俺達、思春期真っ最中じゃん」と能天気に突っ込んだ。

だらだら歩いているせいで休み時間に入り、他クラスの教室移動が始まってしまった。

「あ……」

どうして目が合っただけでばつの悪そうな顔をして、顔を斜め下に背けるのだろう。

茅野はこちらに歩いてきて、空いている夕里の左肩を取った。

「おも……! ちょっと、どっちも離れろって。暑苦しい!」

「夕里は俺のだから、あんまりべたべた触らないで」

「はあぁ!? お前……何言ってんの!?」

茅野の腕がすでに組まれていた寺沢の腕の下に、無理矢理割り込んできてぐいと引き寄せられた。

べたべた触らないで、って何だよ。

付き合ってる高校生カップルの男のほうが、ヤキモチ妬いて彼女にするやつだろ。


──それを……な、な、何でこいつがやってんの。


夕里は口をぱくぱくさせながら、茅野の顔を見上げる。

照れたように瞳をさ迷わせているのが謎だった。

「舜も青春だねぇ」

「意味分かんないって。寺沢助けて。茅野に潰される」

無慈悲にも寺沢は「先行ってるねー」と夕里を茅野に預けて、走り去っていく。

茅野が臍を曲げている理由には1つ心当たりがあるため、夕里はとりあえず謝り倒した。

「もう、分かったから! 謝るから! ごめんって。茅野」

「……夕里は自覚ないかもしれないけど、他のやつと距離近すぎ」

「茅野の体操服着てモテポイント奪おうとしてましたっ。ごめんなさいいぃ」

見当違いな夕里の告白に、茅野は「え?」と聞き返す。

てっきりまた弱味を握られて、それを盾に意地悪されると思っていたのに。

予想外の反応に夕里も全く同じ言葉を返した。

「……モテポイント?」

「……いや。何でもないんで忘れてください……」

──どうせ、イケメンの持ち物を身につけたくらいで、女子からの好感度が上がると勘違いしてる残念なやつだよ!

匂いを嗅いだりとか、さすがに発想が気持ち悪いな、と我に返ってから思う。ルックスも人当たりも完璧な茅野に、自分は僻んでちょっかいをかけている。外面だけだったらそうやってからかうだけで楽しいのに。

まだ高校生なのに家の手伝いをして、弟や妹の面倒を見ていて。自分はといえば、1年に1回の母の日にだって親孝行をしたこともないし、千里には疎ましく思われている。


──別に俺なんて、いてもいなくても変わらないしな。


茅野は俺と正反対で尊敬するどころか、羨ましくてむしろ憎たらしい……。

顔がいいから彼女つくりまくって夜な夜な遊んでいるとか、そういうやつだったら俺もこんなに僻まなくてよかったのに。

というか、さっき何言おうとしたんだ……? 距離近すぎって。

「……体操服、洗って返すから」

「気にしなくていいのに。意外と律儀なところあるんだ」

「意外とって何だよ。……あと、惣菜も旨かったよ。千里……弟も喜んで食べてたし。だから、その……お礼がしたいから家に誘ってきて、って。い、言っておくけど、千里がお願いしてきただけだから!」

それからもごもごと言葉にならない声で言い淀む。

ストレートに遊びに誘えないので、弟の名前を使うことにした。

千里もお礼をかねて茅野を一目見たいと言っていたので、嘘はついていない。

「いいよ。じゃあ、明日でもいい?」

「う、うん」

たくさん悩んだ家に誘うための台詞に、茅野はあっさりと返事をする。

ぐちゃぐちゃで何を伝えたかったのか、どんなふうな言葉を選んだのか、はっきりと覚えていない。

「いいよ」という返事をもらえただけで、午前中にもやもや巣食っていた胸のつかえが取れた気がした。