──かぼちゃコロッケと卵焼きと、さつまいもの甘露煮……うまかったなぁ。
昨夜食べた惣菜の味を思い出して、まだ2限目だというのにお腹はきゅるきゅると鳴った。
売り物なのだから、また食べたいと思うくらい美味しいのは当たり前なのだけれど。
──茅野は毎日、あんなに美味しいお弁当食べてるんだよなぁ……羨ましい。
甘いデザートの妄想から、かやのやの惣菜にシフトしただけで、授業中の過ごし方は特に変わらない。
上の空でも起きているなら注意もされず、適当に黒板の文字をノートに書き写した。
やっと退屈な時間が終わって、次の授業を確認したところで夕里はさっと青ざめる。
「ゆうちゃん次の時間体育だよ。遅れたらグラウンド1周増えるんだから、早く早く」
「さ……先行ってて。ちょっと隣の教室行ってくる」
──さ、最悪っ! 体操着持ってくるの忘れた……。
見学する場合、500文字の見学レポートを提出しなければならない。
勉強嫌いな夕里は何としてでもそのレポートを回避したくて、体育の授業から帰ってきたばかりの隣のクラスへ向かう。
「九重くん可愛いー」とマスコットキャラの来訪を歓迎する声を受けながら、夕里は一直線に唯一の知り合いの机を目指した。
「ん? どうしたの。俺に会いに来たの?」
「……そうだけど。1つ、お……お願いがあって」
茅野以外はほとんど初対面の顔ぶれで、背に腹は変えられない。
体育の授業から帰ってきたばかりで、目当ての体操着は今、茅野が身につけている。
その裾をくいくいと引っ張って、夕里はこの世で1番憎たらしいイケメンに頭を下げて頼み込んだ。
「レポート書きたくないからぁ……茅野の体操服貸して」
「汗かいた後だけどいいの?」
「し、しょうがないから我慢してやるっ」
嫌な態度は取りたくないのに、茅野の前だと意地を張ってしまって嫌みなやつみたいになる。
はいはい、と素直になれない夕里の前でいきなり着替えを始めるものだから、つい視線を逸らしてしまう。
──俺も茅野も男なんだし、別に着替えるところ見たって大丈夫なのに……っ。
視界に入れないように意識しているほうが馬鹿みたいだ。
角も立たないくらいのゆるゆるのクリームの中に溺れてしまっているみたいで、息苦しい。
その中の放り込まれるのなら、むしろ本望なのに。
甘党と思春期は思っていたよりも相当重症らしい。
自分の教室へ戻ってくると、男子はほとんど外へ出払っていた。
いけないとは心の底で思いながらも、夕里は人のいなくなった教室で、まだ体温と汗が残る体操服の匂いを嗅いでみる。
家の匂いというものがあるのかはよく知らないけれど、形容するのなら多分、そんな雰囲気の言葉だ。
予想していた通り、茅野の体操服は夕里の2サイズ大きくて、半袖は肘の部分まで覆い隠している。
丈だって長過ぎて合わないので、制服のときより身軽に動けない。
グラウンドに着くと、体育の教師にじろりと上から下まで見られたが、借り物ならしょうがないな、と許してくれた。
「ゆうちゃん、絶望的に似合ってないね……。体型近いやつから借りればよかったのに」
胸元に刺繍されている茅野の名前を見て、寺沢はぼやいた。
ほぼ見ず知らずのやつから直接肌に身につけるものを借りるなんて、人見知りの夕里にはハードルが高過ぎる。
「うるさい。茅野の体操服着てモテポイントを奪ってやる」
「えぇ……そんなので女子にモテるんだったら苦労しないって」
着ることでモテポイントを奪うという謎の論理を掲げて、夕里はしたり顔をする。
コミュニケーション能力が高く、他クラスにも知り合いの多い寺沢には夕里の狭い交友事情なんて知るよしもないのだろう。
わざわざ茅野を指名して借りてやったんだ、と言った。
「ゆうちゃんって、舜のこと好きだよね」
「……は、はいぃ!? な……何でそうなる!? どこが……俺の行動と態度を見てどこが!?」
イケメン大嫌いオーラを常に振り撒いている夕里に対して、寺沢は並走しながらとんでもない発言を飛ばしてくる。
慌てて夕里は言葉を返すが、寺沢は「やっぱりねー」と軽く受け流した。
まさか茅野と一緒になって、裏で組んでいて自分を笑っているのだろうか。
確か隣のクラスの茅野の席は窓際だった。
今もこうして3階の校舎から自分を見下ろして、にやにやしているのだろうか。
過度な被害妄想を1人勝手に繰り広げてダメージを負いつつ、グラウンドのトラックを走り終えた。
ぐんと一気に上昇した体温を、からっとした秋風が吹いて冷ましていく。
ぱたぱたと胸元の布を引っ張って扇ぐと、茅野の匂いが自分の汗に混ざってきて、ふと嗅いでしまった。
──こんなにうんうん考えて、悶々とするくらいなら素直にレポート書いたほうがよかったかもしれない……。
昨夜食べた惣菜の味を思い出して、まだ2限目だというのにお腹はきゅるきゅると鳴った。
売り物なのだから、また食べたいと思うくらい美味しいのは当たり前なのだけれど。
──茅野は毎日、あんなに美味しいお弁当食べてるんだよなぁ……羨ましい。
甘いデザートの妄想から、かやのやの惣菜にシフトしただけで、授業中の過ごし方は特に変わらない。
上の空でも起きているなら注意もされず、適当に黒板の文字をノートに書き写した。
やっと退屈な時間が終わって、次の授業を確認したところで夕里はさっと青ざめる。
「ゆうちゃん次の時間体育だよ。遅れたらグラウンド1周増えるんだから、早く早く」
「さ……先行ってて。ちょっと隣の教室行ってくる」
──さ、最悪っ! 体操着持ってくるの忘れた……。
見学する場合、500文字の見学レポートを提出しなければならない。
勉強嫌いな夕里は何としてでもそのレポートを回避したくて、体育の授業から帰ってきたばかりの隣のクラスへ向かう。
「九重くん可愛いー」とマスコットキャラの来訪を歓迎する声を受けながら、夕里は一直線に唯一の知り合いの机を目指した。
「ん? どうしたの。俺に会いに来たの?」
「……そうだけど。1つ、お……お願いがあって」
茅野以外はほとんど初対面の顔ぶれで、背に腹は変えられない。
体育の授業から帰ってきたばかりで、目当ての体操着は今、茅野が身につけている。
その裾をくいくいと引っ張って、夕里はこの世で1番憎たらしいイケメンに頭を下げて頼み込んだ。
「レポート書きたくないからぁ……茅野の体操服貸して」
「汗かいた後だけどいいの?」
「し、しょうがないから我慢してやるっ」
嫌な態度は取りたくないのに、茅野の前だと意地を張ってしまって嫌みなやつみたいになる。
はいはい、と素直になれない夕里の前でいきなり着替えを始めるものだから、つい視線を逸らしてしまう。
──俺も茅野も男なんだし、別に着替えるところ見たって大丈夫なのに……っ。
視界に入れないように意識しているほうが馬鹿みたいだ。
角も立たないくらいのゆるゆるのクリームの中に溺れてしまっているみたいで、息苦しい。
その中の放り込まれるのなら、むしろ本望なのに。
甘党と思春期は思っていたよりも相当重症らしい。
自分の教室へ戻ってくると、男子はほとんど外へ出払っていた。
いけないとは心の底で思いながらも、夕里は人のいなくなった教室で、まだ体温と汗が残る体操服の匂いを嗅いでみる。
家の匂いというものがあるのかはよく知らないけれど、形容するのなら多分、そんな雰囲気の言葉だ。
予想していた通り、茅野の体操服は夕里の2サイズ大きくて、半袖は肘の部分まで覆い隠している。
丈だって長過ぎて合わないので、制服のときより身軽に動けない。
グラウンドに着くと、体育の教師にじろりと上から下まで見られたが、借り物ならしょうがないな、と許してくれた。
「ゆうちゃん、絶望的に似合ってないね……。体型近いやつから借りればよかったのに」
胸元に刺繍されている茅野の名前を見て、寺沢はぼやいた。
ほぼ見ず知らずのやつから直接肌に身につけるものを借りるなんて、人見知りの夕里にはハードルが高過ぎる。
「うるさい。茅野の体操服着てモテポイントを奪ってやる」
「えぇ……そんなので女子にモテるんだったら苦労しないって」
着ることでモテポイントを奪うという謎の論理を掲げて、夕里はしたり顔をする。
コミュニケーション能力が高く、他クラスにも知り合いの多い寺沢には夕里の狭い交友事情なんて知るよしもないのだろう。
わざわざ茅野を指名して借りてやったんだ、と言った。
「ゆうちゃんって、舜のこと好きだよね」
「……は、はいぃ!? な……何でそうなる!? どこが……俺の行動と態度を見てどこが!?」
イケメン大嫌いオーラを常に振り撒いている夕里に対して、寺沢は並走しながらとんでもない発言を飛ばしてくる。
慌てて夕里は言葉を返すが、寺沢は「やっぱりねー」と軽く受け流した。
まさか茅野と一緒になって、裏で組んでいて自分を笑っているのだろうか。
確か隣のクラスの茅野の席は窓際だった。
今もこうして3階の校舎から自分を見下ろして、にやにやしているのだろうか。
過度な被害妄想を1人勝手に繰り広げてダメージを負いつつ、グラウンドのトラックを走り終えた。
ぐんと一気に上昇した体温を、からっとした秋風が吹いて冷ましていく。
ぱたぱたと胸元の布を引っ張って扇ぐと、茅野の匂いが自分の汗に混ざってきて、ふと嗅いでしまった。
──こんなにうんうん考えて、悶々とするくらいなら素直にレポート書いたほうがよかったかもしれない……。