「ただいまー。あれ、お客さんじゃん珍しい。舜にいの彼女?」

スポーツブランドのロゴが入った大きなバッグを肩に提げた男の子が、夕里達のいるリビングに入ってくるなり茅野を茶化す。

「彼女じゃなくて同級生。女の子みたいだけどちゃんと男だから」

「あ、そうなの? 間違えてごめんなさい。俺は舜の弟で連っていいます」

女子と間違えられていらっときたが、謝るだけまだいいか、と夕里も大人になって連を許す。

「連にいお帰りなさい! 連にい帰って来ない間、いろいろ大変だったんだよ。舞、お熱出しちゃって……」

「あー……そうだったんだ。悟が看病してくれてたの? よしよし、頑張ったね」

連はさっと手を洗うと何故か夕里の隣の席に着く。

茅野は一回り大きい茶碗に白ご飯を恐ろしいほど盛ると、連に手渡した。

一口ずつ口に運ぶというよりは、かき込むようにして食べる連に、圧倒される。

「連、行儀が悪い」

「……はいはい」

連は注意されると渋々、茶碗を左手に持って食べるのを再開する。

それでもおかずが消えていくペースは、夕里よりも断然速い。

しばし見つめていると、連と目が合ってにかっと眩しく笑んだ。

「ねえねえ、もしかしてピンクのお兄ちゃんって、九重 千里っていう弟いる?」

「え……そうだけど、何で分かったの」

「やっぱり! だって千里、学校で毎日お兄ちゃん可愛いって自慢してるし」

兄がどれほど使えないかという愚痴を吹聴してまわっているかと思いきや、夕里のことでのろけているなんて想像もしなかった。

何かと足蹴にされている夕里だが、自分に非があると感じているため、不満を言える立場ではない。

ツンの成分が10割でデレの要素など素振りも全く見せない千里が、兄の夕里のことを可愛いと言うなんて、帰り道に嵐にでも遇いそうだ。

「へぇー……そうなんだ。家にいるときとは全然違うなー……」

決して謙遜ではない感想を呟いて、夕里は食事を続ける。

甘いもの以外の食べものを、こんなにお腹いっぱい食べたのは生まれて初めてかもしれない。

物心ついた頃から甘味を感じるもの以外は、身体が受けつけなくて偏食ばかりの毎日だった。

「……何見てんの」

「食べるのに必死だなぁ、って思って。かやのやの惣菜気に入った?」

ふん、と素っ気なく答えるつもりだったが、売り物であるお惣菜をご馳走になっている手前、生意気な態度で出るのは少し引っかかる。

素直に「美味しい」と言うと、茅野は嬉しそうに笑った。



× × ×



気に入ったかぼちゃのコロッケとさつまいもの甘露煮を、茅野は容器に入れて包んでくれた。

茅野の両親に「ごちそうさまでした」とお礼を言って、夕里は帰路に着く。ピークの時間は過ぎたものの、1階のかやのやにはまだ人がぽつぽつといる。

「お家、大変そうだな。お母さんとお父さんどっちも働いてるんだ。茅野も働いてるし」

「俺も経験積みたいから手伝ってるだけだし。でも、売り物には触れないし調理は出来ないから、言われたものをパックに詰めたりお会計するだけ。小遣いはもらってるけど」

自分の家でアルバイトをするなら人間関係は気遣わなくて楽そうだ。

夕里も毎日のように流行りのスイーツ店巡りをするので、財布にあるだけ使ってしまうしいつも中身は寂しい。

アルバイト先に考えていたアパレルショップは時間帯が合わないと断られ、甘いもの目当てで応募したファミレスは髪の色を染め直してください、と門前払いだった。

「ちょっと……当たってくるなよ」

「俺は真っ直ぐ歩いてるけど? 夕里がふらふらしてぶつかってくるんだろ」

カーディガンの先から出た手の甲同士が時々ぶつかって、夕里は高い位置にある茅野の顔を睨む。

「ちゃんと俺の隣歩いて。また知らないおっさんに絡まれるぞ」

「や、やだっ……」

距離を取っていた茅野に引っついて、道路とは反対側を歩く。

街灯に当たらない影になっている道を選んで、向かいにサラリーマンらしき男が来れば、茅野の身体を盾にしてやり過ごした。

「……人見知りが激しいというか、ギャップがすごいな」

「は、はぁ? なにが……?」

手が無意識に茅野の服の裾を掴んでいて、夕里はぱっと離した。

消えたいくらい恥ずかしい……。文句を言おうにもまともに顔も見られなかった。

下唇をもごもごと噛んで、夕里は胸のドキドキしてむず痒い感覚をやり過ごす。

「あんまりそういう顔して1人で歩くなよ」

百面相しているのがおかしいと思われたのだろうか。夕里にしか聞こえないような音量で、夕里にそう囁いた。

2人きりでいると体温が上昇して、思ったことも口に出せないから、ちょっと変な気分だ。

駅の改札に続く階段のところで、「ここまででいい」と言った。

「あ、ありがと……。夕飯とか、送ってもらうのとか……」

「どういたしまして。本当にここでいい? 強がってない?」

「別に……電車の乗り方くらい分かる。方向音痴じゃないし」

「いや、そういうことじゃなくて」

夜道には気をつけろよ、と茅野が夕里の背中に向かって投げる。

定期をかざして改札を抜けて、ホームに続く階段を踏む前に一度だけ振り返った。

吸い寄せられるみたいにまた黒目とかち合って、夕里はすぐに逸らした。