「女子にモテて性格もいいから友達もいっぱいいるし。結構目立ってるよ」
──本当は俺の頬っぺにちゅーするくらい、節操なしなやつだけど……! 可愛い妹と弟の前だからいいところだけ言ってやったぞ、感謝しろよ、茅野。
「やっぱり! 舜にいがお手伝いする日って、舜にいに話しにくる女の子がいっぱい来るんだよ!」
「へ、へぇ……」
イケメンは学校でも家でも完璧だった。女子限定だが客寄せも出来るなんて、将来有望だなと舌を巻く。
それに比べて自分は、家の手伝いは弟に任せっきりで、将来のために勉強に励むでもなく毎日放課後にはふらふらと遊びまわっている。
ふと悟のノートに目を落とすと、升目の外にシャープペンシルで薄く書かれた跡がある。
目を凝らしていると「舜にいが教えてくれたんだよ」と、悟にこっそり耳打ちされた。
小学3年生の宿題を教える傍ら、夕里も今日の分の宿題を全て終わらせていった。
こんなに頭を使ったのは、懇談で進級が危ないと担任に言われた日以来かもしれない。
「夕ご飯、用意出来たから持ってくる。悟、茶碗と箸出しておいて」
「はーい」
下の階から茅野の声が聞こえてきて、悟はたったっと2階へ降りていった。
夕里もノートと教科書をバッグにしまい、舞を起こさないように注意しながら悟の後ろをついていく。
──わ、すごい量。何人分だよ、これ。
大皿に盛られた料理に圧倒される。
俵型の小さめのコロッケや菜の花の白和え、甘酢のあんがかかっている肉団子など、量も種類も豊富だ。
普通の成長期真っ只中の男子高校生なら、目の前のおかずと一緒に白ご飯3杯は余裕でお腹に収まりそうだ。
しかし、夕里の主食は甘いものなので、美味しそうな匂いにお腹の虫は反応しない。
「今日夕ご飯豪華だね。夕にいが来てるから?」
「そう。夕飯食べて行けって親が張り切ってつくってた。食べていくだろ、夕里?」
茅野が明らかに1杯分以上のご飯を茶碗に盛って、夕里に手渡してくる。
「そんなに食べない」と言うと、茶碗の中のご飯はようやく並盛りくらいになった。
「舞と悟のこと、見てくれてありがとうな」
「2人ともいい子だったよ。舞ちゃんは寝たところだから、まだ起こさないほうがいいと思う」
「そっか。後で雑炊持っていくわ」
お暇するタイミングを見事に逃してしまい、夕里は悟に手を引かれるまま食卓につく。
「うちのご飯すっごく美味しいんだよ! えーっとね、おすすめはかぼちゃのコロッケと、卵焼きと生姜焼きとね……」
夕里の取り皿にはかやのやのお惣菜のおすすめがたくさん置かれていく。
「俺、出来たら甘い味つけのおかずがいいなー……なんて」
「舌もお子様なんだな」
「はあ? お子様だと!? ていうか舌も、ってどういう意味だよ!」
夕里がぎゃんぎゃん騒ぐと、茅野は人差し指を立てて「静かに」とジェスチャーする。
売り言葉に買い言葉を発したのは夕里だが、仕掛けてきたのは茅野だ。さすがの理不尽さに、夕里は口を尖らせる。
「はいはい。ごめんな。夕飯いくらでも食べていっていいから」
普通の食事なんてした経験は数えるくらいしかないし、普段箸は使わない。
持ち方は合っているだろうかとドキドキしながら、かぼちゃのコロッケを割って中を確かめる。
綺麗な山吹色にそぼろの肉が見え隠れしている。
「夕にい、ご飯の前はいただきますってするんだよ?」
「え? ……ああ、そっか。ごめん、忘れてた」
手を合わせていただきますをする習慣がないため、すっかり失念していた。
指摘されて初めて気づいて、夕里は箸を置いて慌てて手のひらを合わせる。
「いただきます」
かぼちゃのコロッケを口に運ぶと、ほんのり優しい甘味が拡がった。
砂糖をこんもり使った直接的な甘さではなくて、野菜そのものの味だと分かる。
──これ、めちゃくちゃ美味しいかも……!
「こっちの卵焼きと甘露煮も食べてみ。甘くて美味しいから」
甘いという言葉につられて、夕里は茅野が勧めるお惣菜を口に入れる。
卵焼きは噛む度にじゅわ……と出汁の風味が出てきて、マシュマロみたいにふわふわで幸せな気分になる。
さつまいもの甘露煮は見事な黄金色で照りも綺麗だ。隠し味は蜂蜜とレモンの果汁だという。
甘くするために砂糖をくわえるという単純な足し算ではなくて、素材を活かすために最低限の味つけがされている。
夕里の食べっぷりに、茅野はくすっと笑って手を伸ばす。
唇の端にご飯粒がついていたらしく、取ったものを夕里の口に押し込んだ。
「ん……!」
「あ、悪い。癖でつい手が滑ったわ」
そのままがしがしと頭をかき混ぜられるものだから、鬱陶しくなって夕里は箸を口にくわえたまま、茅野の手を掴む。
「俺はお前の弟じゃないってば」
「そう? 小さくて撫でるのにちょうどいい感じ」
「本っ当お前、性格悪い……」
──顔はまあ……いいと思うけど。顔だけ……顔だけなんだから、見てたらそのうち飽きるし……!
そんな顔だけの茅野の人気が2年も続いていることに、目を瞑る。
──本当は俺の頬っぺにちゅーするくらい、節操なしなやつだけど……! 可愛い妹と弟の前だからいいところだけ言ってやったぞ、感謝しろよ、茅野。
「やっぱり! 舜にいがお手伝いする日って、舜にいに話しにくる女の子がいっぱい来るんだよ!」
「へ、へぇ……」
イケメンは学校でも家でも完璧だった。女子限定だが客寄せも出来るなんて、将来有望だなと舌を巻く。
それに比べて自分は、家の手伝いは弟に任せっきりで、将来のために勉強に励むでもなく毎日放課後にはふらふらと遊びまわっている。
ふと悟のノートに目を落とすと、升目の外にシャープペンシルで薄く書かれた跡がある。
目を凝らしていると「舜にいが教えてくれたんだよ」と、悟にこっそり耳打ちされた。
小学3年生の宿題を教える傍ら、夕里も今日の分の宿題を全て終わらせていった。
こんなに頭を使ったのは、懇談で進級が危ないと担任に言われた日以来かもしれない。
「夕ご飯、用意出来たから持ってくる。悟、茶碗と箸出しておいて」
「はーい」
下の階から茅野の声が聞こえてきて、悟はたったっと2階へ降りていった。
夕里もノートと教科書をバッグにしまい、舞を起こさないように注意しながら悟の後ろをついていく。
──わ、すごい量。何人分だよ、これ。
大皿に盛られた料理に圧倒される。
俵型の小さめのコロッケや菜の花の白和え、甘酢のあんがかかっている肉団子など、量も種類も豊富だ。
普通の成長期真っ只中の男子高校生なら、目の前のおかずと一緒に白ご飯3杯は余裕でお腹に収まりそうだ。
しかし、夕里の主食は甘いものなので、美味しそうな匂いにお腹の虫は反応しない。
「今日夕ご飯豪華だね。夕にいが来てるから?」
「そう。夕飯食べて行けって親が張り切ってつくってた。食べていくだろ、夕里?」
茅野が明らかに1杯分以上のご飯を茶碗に盛って、夕里に手渡してくる。
「そんなに食べない」と言うと、茶碗の中のご飯はようやく並盛りくらいになった。
「舞と悟のこと、見てくれてありがとうな」
「2人ともいい子だったよ。舞ちゃんは寝たところだから、まだ起こさないほうがいいと思う」
「そっか。後で雑炊持っていくわ」
お暇するタイミングを見事に逃してしまい、夕里は悟に手を引かれるまま食卓につく。
「うちのご飯すっごく美味しいんだよ! えーっとね、おすすめはかぼちゃのコロッケと、卵焼きと生姜焼きとね……」
夕里の取り皿にはかやのやのお惣菜のおすすめがたくさん置かれていく。
「俺、出来たら甘い味つけのおかずがいいなー……なんて」
「舌もお子様なんだな」
「はあ? お子様だと!? ていうか舌も、ってどういう意味だよ!」
夕里がぎゃんぎゃん騒ぐと、茅野は人差し指を立てて「静かに」とジェスチャーする。
売り言葉に買い言葉を発したのは夕里だが、仕掛けてきたのは茅野だ。さすがの理不尽さに、夕里は口を尖らせる。
「はいはい。ごめんな。夕飯いくらでも食べていっていいから」
普通の食事なんてした経験は数えるくらいしかないし、普段箸は使わない。
持ち方は合っているだろうかとドキドキしながら、かぼちゃのコロッケを割って中を確かめる。
綺麗な山吹色にそぼろの肉が見え隠れしている。
「夕にい、ご飯の前はいただきますってするんだよ?」
「え? ……ああ、そっか。ごめん、忘れてた」
手を合わせていただきますをする習慣がないため、すっかり失念していた。
指摘されて初めて気づいて、夕里は箸を置いて慌てて手のひらを合わせる。
「いただきます」
かぼちゃのコロッケを口に運ぶと、ほんのり優しい甘味が拡がった。
砂糖をこんもり使った直接的な甘さではなくて、野菜そのものの味だと分かる。
──これ、めちゃくちゃ美味しいかも……!
「こっちの卵焼きと甘露煮も食べてみ。甘くて美味しいから」
甘いという言葉につられて、夕里は茅野が勧めるお惣菜を口に入れる。
卵焼きは噛む度にじゅわ……と出汁の風味が出てきて、マシュマロみたいにふわふわで幸せな気分になる。
さつまいもの甘露煮は見事な黄金色で照りも綺麗だ。隠し味は蜂蜜とレモンの果汁だという。
甘くするために砂糖をくわえるという単純な足し算ではなくて、素材を活かすために最低限の味つけがされている。
夕里の食べっぷりに、茅野はくすっと笑って手を伸ばす。
唇の端にご飯粒がついていたらしく、取ったものを夕里の口に押し込んだ。
「ん……!」
「あ、悪い。癖でつい手が滑ったわ」
そのままがしがしと頭をかき混ぜられるものだから、鬱陶しくなって夕里は箸を口にくわえたまま、茅野の手を掴む。
「俺はお前の弟じゃないってば」
「そう? 小さくて撫でるのにちょうどいい感じ」
「本っ当お前、性格悪い……」
──顔はまあ……いいと思うけど。顔だけ……顔だけなんだから、見てたらそのうち飽きるし……!
そんな顔だけの茅野の人気が2年も続いていることに、目を瞑る。