× × ×
それから30分も経たないうちに、茅野の手作り料理がテーブルの上に全て並んだ。
味見をさせてもらったグラタンと、夕里が以前食べたいと言っていた写真映えのするパスタ、大好物の卵焼きが揃っている。
写真で見たパスタにはオレンジや紫の花びらが飾られていたが、それらは細かく賽の目に切った赤と黄のパプリカで再現されている。
茅野には「食用の花びらは探してもなかったから」と謝られたが、恋人がつくってくれたことを加味すれば、満足度はあの写真以上だった。
「美味しそー……どれから食べるか迷う」
いろんな角度から写真を撮った後、夕里は三品の間で視線をさまよわせる。
スマートフォンの中には料理だけではなくて、キッチンに立つ茅野の後ろ姿の写真もこっそり保存していた。
一口目はリクエストしたパスタだ。
多分、甘くはないんだろうな、とドキドキしながらフォークに巻いたものを口に入れる。甘い味の食べ物以外は、ほとんど初体験だ。
茅野は向かい側で少し不安そうな顔をしていて、自分の分にはまだ手をつけていない。
──あれ? 甘くないけど、意外と食べられる!
何と表現していいのか複雑な味だったけれど、もっと食べたいと率直に思った。
フォークを口に運んで「美味しい」と感想を言うと、茅野は笑みを溢した。
「すっごく美味しい! 茅野って才能あるよな。将来はかやのや継ぐんだろ? 俺、お金稼ぐようになったら毎日買いに行く」
名字呼びに戻ると、茅野はやや不満そうな顔をしたが、同時に特技を褒められて満更でもないような表情をしている。
「いずれそうなるかなぁ。直美には素人に毛が生えた程度だって全然認めてくれないけど」
「えぇ……こんなに美味しいのに? ……というか、俺の意見は全然参考にならないよな」
一般人と味覚のずれはかなりあると自分でも分かっている。
それでも茅野は、夕里が「美味しい」と箸を進めると、本当に嬉しそうに笑うのだ。
「いろいろ言ってくれるほうが助かる。美味しいとか好みじゃないとか。だって夕里のためにつくってるし」
──俺、めちゃくちゃ甘やかされてるなぁ。
感情表現がストレートなところが好き、と告白を受けたが、茅野だって負けず劣らず大胆だ。
夕里が赤くなるようなことを狙って言うときは、目尻がくしゃっと皺になって顔を和ませる。
クールに澄ましている様子とは疎遠の無邪気さが垣間見えて、そのギャップに惚れてしまう。
「研究熱心だよな、茅野って。日記つけてさ、いろいろアイデア出してるし。本当尊敬する……」
茅野がいないときに見てしまった『お弁当ノート』の中身を、夕里はぽろっと口にする。
しまった、と思っても後の祭りだ。
おそるおそる茅野の顔色を窺う。
口元を手で覆い隠していて、見える肌の部分は赤くなっている。
怒られる、と夕里はびくびくしながら、茅野が言葉を吐くのを待った。
「え、俺、夕里に言ったっけ? 言ってないよな……?」
「だ、だって、机の上に放り出してたしっ……。俺を置いていってクリスマスデートするほうが悪いんだからな!」
結愛と付き合っていないとは聞いていたが、それでも妬くものは妬く。
あの時変な意地を張らずに勇気を出して誘えばよかった。
「それ言うのはなしじゃない? 夕里だって俺のことあんなに意識してたくせに、彼女つくるとか宣言するし。小悪魔かよ」
頭にすっかり血が上ったせいで怒っているふうに見えていたが、聞かされたのは愚直っぽい言葉だ。
しかも小悪魔なんて初めて言われた。
「……茅野だって、俺と付き合ってからもモテてるじゃん。学校でもかやのやでも女子に話しかけられてるの、知ってるんだからなっ」
──こんなの、ヤキモチ妬いてるの丸分かりじゃんっ……恥ずかしい。
するすると本音を引きずり出されて、茅野には思っていることが全部筒抜けになっている気がする。
夕里は昔から隠し事が出来ないタイプだ。
「うん。話してる。夕里のこともいろいろ聞かれるよ」
「えっ? 本当? 俺もついにモテ期到来か!?」
「可愛いでモテてる」
ちょうどよく焦がしたチーズの表面をスプーンで割りながら、夕里は「あっそ」と面白くないように吐き捨てた。
クリームソースの中には、大振りの野菜や鶏肉がごろごろ入っていて、ふうふうと冷ましてから口に入れた。
「女子が男に可愛いって言うのは脈なしって意味だからな」
「ふぅん。じゃあ、別にいいか」
「は!? よくないっ。よくないだろ!」
コンプレックスを「別にいい」とあっさり一蹴されて、夕里はむくれる。
ちょっとでも期待したのがバカだった。
機嫌を悪くした夕里に、茅野は甘い卵焼きの皿をそっと差し出す。
自分の分の一切れをおまけでのせてくれたので、短くわざと感情を込めない声で「ありがと」と言った。
キッチンのほうでオーブンがぴぴっと音が鳴って、茅野は食事の途中で席を立つ。
白いココット皿が、夕里の前に置かれた。
それから30分も経たないうちに、茅野の手作り料理がテーブルの上に全て並んだ。
味見をさせてもらったグラタンと、夕里が以前食べたいと言っていた写真映えのするパスタ、大好物の卵焼きが揃っている。
写真で見たパスタにはオレンジや紫の花びらが飾られていたが、それらは細かく賽の目に切った赤と黄のパプリカで再現されている。
茅野には「食用の花びらは探してもなかったから」と謝られたが、恋人がつくってくれたことを加味すれば、満足度はあの写真以上だった。
「美味しそー……どれから食べるか迷う」
いろんな角度から写真を撮った後、夕里は三品の間で視線をさまよわせる。
スマートフォンの中には料理だけではなくて、キッチンに立つ茅野の後ろ姿の写真もこっそり保存していた。
一口目はリクエストしたパスタだ。
多分、甘くはないんだろうな、とドキドキしながらフォークに巻いたものを口に入れる。甘い味の食べ物以外は、ほとんど初体験だ。
茅野は向かい側で少し不安そうな顔をしていて、自分の分にはまだ手をつけていない。
──あれ? 甘くないけど、意外と食べられる!
何と表現していいのか複雑な味だったけれど、もっと食べたいと率直に思った。
フォークを口に運んで「美味しい」と感想を言うと、茅野は笑みを溢した。
「すっごく美味しい! 茅野って才能あるよな。将来はかやのや継ぐんだろ? 俺、お金稼ぐようになったら毎日買いに行く」
名字呼びに戻ると、茅野はやや不満そうな顔をしたが、同時に特技を褒められて満更でもないような表情をしている。
「いずれそうなるかなぁ。直美には素人に毛が生えた程度だって全然認めてくれないけど」
「えぇ……こんなに美味しいのに? ……というか、俺の意見は全然参考にならないよな」
一般人と味覚のずれはかなりあると自分でも分かっている。
それでも茅野は、夕里が「美味しい」と箸を進めると、本当に嬉しそうに笑うのだ。
「いろいろ言ってくれるほうが助かる。美味しいとか好みじゃないとか。だって夕里のためにつくってるし」
──俺、めちゃくちゃ甘やかされてるなぁ。
感情表現がストレートなところが好き、と告白を受けたが、茅野だって負けず劣らず大胆だ。
夕里が赤くなるようなことを狙って言うときは、目尻がくしゃっと皺になって顔を和ませる。
クールに澄ましている様子とは疎遠の無邪気さが垣間見えて、そのギャップに惚れてしまう。
「研究熱心だよな、茅野って。日記つけてさ、いろいろアイデア出してるし。本当尊敬する……」
茅野がいないときに見てしまった『お弁当ノート』の中身を、夕里はぽろっと口にする。
しまった、と思っても後の祭りだ。
おそるおそる茅野の顔色を窺う。
口元を手で覆い隠していて、見える肌の部分は赤くなっている。
怒られる、と夕里はびくびくしながら、茅野が言葉を吐くのを待った。
「え、俺、夕里に言ったっけ? 言ってないよな……?」
「だ、だって、机の上に放り出してたしっ……。俺を置いていってクリスマスデートするほうが悪いんだからな!」
結愛と付き合っていないとは聞いていたが、それでも妬くものは妬く。
あの時変な意地を張らずに勇気を出して誘えばよかった。
「それ言うのはなしじゃない? 夕里だって俺のことあんなに意識してたくせに、彼女つくるとか宣言するし。小悪魔かよ」
頭にすっかり血が上ったせいで怒っているふうに見えていたが、聞かされたのは愚直っぽい言葉だ。
しかも小悪魔なんて初めて言われた。
「……茅野だって、俺と付き合ってからもモテてるじゃん。学校でもかやのやでも女子に話しかけられてるの、知ってるんだからなっ」
──こんなの、ヤキモチ妬いてるの丸分かりじゃんっ……恥ずかしい。
するすると本音を引きずり出されて、茅野には思っていることが全部筒抜けになっている気がする。
夕里は昔から隠し事が出来ないタイプだ。
「うん。話してる。夕里のこともいろいろ聞かれるよ」
「えっ? 本当? 俺もついにモテ期到来か!?」
「可愛いでモテてる」
ちょうどよく焦がしたチーズの表面をスプーンで割りながら、夕里は「あっそ」と面白くないように吐き捨てた。
クリームソースの中には、大振りの野菜や鶏肉がごろごろ入っていて、ふうふうと冷ましてから口に入れた。
「女子が男に可愛いって言うのは脈なしって意味だからな」
「ふぅん。じゃあ、別にいいか」
「は!? よくないっ。よくないだろ!」
コンプレックスを「別にいい」とあっさり一蹴されて、夕里はむくれる。
ちょっとでも期待したのがバカだった。
機嫌を悪くした夕里に、茅野は甘い卵焼きの皿をそっと差し出す。
自分の分の一切れをおまけでのせてくれたので、短くわざと感情を込めない声で「ありがと」と言った。
キッチンのほうでオーブンがぴぴっと音が鳴って、茅野は食事の途中で席を立つ。
白いココット皿が、夕里の前に置かれた。