「何か、もっとお弁当つくってこい、って言ってるみたいだね」
「そうか? っていうか、俺のじゃなくて茅野のお弁当箱を選んでるんだけど」
穿った見方を口に出す寺沢を睨みつつ、コーナーの一角のあるものに目がいく。
「これっ。これ、いいじゃん! 茅野に似合いそう」
夕里が手にしたのは黒色のエプロンだ。
腰前についているポケットの裏地は白黒のストライプ柄になっており、少し光沢のあるナイロンの生地なので皺にもなりにくく、洗濯もしやすそうだ。
女性物のエプロンは種類も豊富でデザインも可愛らしいものが多いが、対して男性物は地味で色も少ない。
「どう? どう? 茅野にぴったりじゃないっ?」
成人男性用のサイズのエプロンを、170センチもない夕里が身体の前で合わせると、足が全て隠れてしまう。
茅野が着るならちょうどいいくらいになりそうだ。
後ろはスナップボタンとサイドに伸びている紐を蝶々結びにして、留められるようになっている。
クリスマスプレゼントというよりは、ただ茅野のエプロン姿を見たいだけだよなぁ、と内心で呟く。
値段は高校生が買うプレゼントとしては値段は張ったが、茅野のおかげでお昼ご飯代はかからないようなものだし、購入には迷わなかった。
ラッピングリボンをかけてもらったそれを、紙袋の中から眺めて頬を緩ませる。
「いいもの買えてよかったね」
「うん……うん! ありがとぉ……寺沢」
「あ、舜には1人で買ったって言っておいてね」
「え、何で?」
何でもぺらぺらと話したがる夕里に、寺沢は先手を打っておく。
──茅野と付き合ってから、何かよそよそしくなったよなぁ。
「じゃあね」とぎこちなく手を振る寺沢を呼び止めた。
「あ、あのさ! 俺と茅野が付き合っても、寺沢を1人にすることなんてないから! だから、これからも一緒に遊ぼう……な」
「へっ……? や、俺が気にしてるのはそういうことじゃなくてね……」
「やっぱり! 何か思ってるんだろ。なあ……俺と茅野が付き合うの、反対すんの?」
「いやいや! しないしない! 格好いい舜とお洒落なゆうちゃんで、俺はすっごくお似合いだと思うよ?」
話すまで離さないぞ、と夕里は顔を膨れさせる。
一度いじけると、甘いものを食べるか言うことを聞かなければ、機嫌が直ることはない。
夕里の面倒くさい性格を寺沢は知り尽くしているので、長引かせるだけ無駄だと観念し白状する。
「ゆうちゃんと2人きりになるのは避けてんの! ゆうちゃんとべたべたしてたら、俺が舜に怒られるんだから」
「え、茅野が? 何でそうなんの」
恋愛初心者の夕里には、理屈が分からない。友達なのに2人きりで遊ぶと、茅野は怒るのだろうか。
「それは……ゆうちゃんも、俺と舜が2人で出掛けてたりしたら嫌でしょ?」
「まあ……俺も誘えよ、って思う」
あれだけ茅野を追い回したりしておきながら、今日は好き過ぎてしんどいというわりには自覚がなかったりと、夕里の鈍感さに寺沢は思わず溜め息をついてしまった。
茅野が過保護になる理由も分かり、同情も沸いてくる。
「もっと大好きアピールしなきゃダメだよ。舜、結構束縛強いから」
「お、おう……。寺沢も彼女出来るといいな」
「俺は2人見てるだけでしばらく胸やけしてるからいいよ」
束縛は聞いたことはあるけれど、全く体感していない。
メッセージのやり取りはほぼ毎日していて、時々通話をするくらいだ。
大抵は夕里のほうが途中で寝落ちてしまうので、翌朝にごめんなさいの絵文字を送る。寺沢が胸やけを起こすほどいちゃついてはいない……とは思う。
今日は茅野の好きなところについて語ったつもりが、もっと大好きアピールをしろ、と説教される始末だ。
勝負どころは今度のお泊まり会だな、と夕里は気合いを入れ直した。
……────。
「じゃあ、行ってくるから。戸締りちゃんとしておいてよね」
「はいはい」
「……本当に大丈夫? 兄貴、俺がいないと本っ当に何にも出来ないんだから」
「うるさいなぁ。大丈夫だってば。早く行って来いよ」
大きなボストンバッグを肩に提げた千里は、靴紐を結び終えると子憎たらしい顔で振り返る。
茅野の弟、連と同じサッカー部のチームに所属している千里は、今日から強化合宿へ行ってしまう。
「ご飯はどうすんの?」とか「知らない人が来たらインターホン出ないでいいから」とか。
隣の県にたかが一泊するだけなのに大袈裟過ぎる。
終わりの見えない会話に「はいはいはい」と夕里が適当な返事で濁すことで、無理矢理に終わらせた。
「あれ、また背伸びてないか」
「ん、ああ。伸びたよ。3センチ」
玄関先で段差の上の方に立っているのに、差が全くと言っていいほどない。
千里は得意気に指を3つ立てて、べーっと舌を出した。
中学に上がってから夕里を小馬鹿にするようになった、今では可愛さの欠片もない弟だ。
休日に絶対早起きしない夕里は、千里を見送るために今朝は5時に起きた。
……正確には、朝食をつくった千里に起こされたのだけれど。
茅野が来る前に二度寝だな、と何となくこれからの予定を、まだ眠気の居座る頭で考える。
「そうか? っていうか、俺のじゃなくて茅野のお弁当箱を選んでるんだけど」
穿った見方を口に出す寺沢を睨みつつ、コーナーの一角のあるものに目がいく。
「これっ。これ、いいじゃん! 茅野に似合いそう」
夕里が手にしたのは黒色のエプロンだ。
腰前についているポケットの裏地は白黒のストライプ柄になっており、少し光沢のあるナイロンの生地なので皺にもなりにくく、洗濯もしやすそうだ。
女性物のエプロンは種類も豊富でデザインも可愛らしいものが多いが、対して男性物は地味で色も少ない。
「どう? どう? 茅野にぴったりじゃないっ?」
成人男性用のサイズのエプロンを、170センチもない夕里が身体の前で合わせると、足が全て隠れてしまう。
茅野が着るならちょうどいいくらいになりそうだ。
後ろはスナップボタンとサイドに伸びている紐を蝶々結びにして、留められるようになっている。
クリスマスプレゼントというよりは、ただ茅野のエプロン姿を見たいだけだよなぁ、と内心で呟く。
値段は高校生が買うプレゼントとしては値段は張ったが、茅野のおかげでお昼ご飯代はかからないようなものだし、購入には迷わなかった。
ラッピングリボンをかけてもらったそれを、紙袋の中から眺めて頬を緩ませる。
「いいもの買えてよかったね」
「うん……うん! ありがとぉ……寺沢」
「あ、舜には1人で買ったって言っておいてね」
「え、何で?」
何でもぺらぺらと話したがる夕里に、寺沢は先手を打っておく。
──茅野と付き合ってから、何かよそよそしくなったよなぁ。
「じゃあね」とぎこちなく手を振る寺沢を呼び止めた。
「あ、あのさ! 俺と茅野が付き合っても、寺沢を1人にすることなんてないから! だから、これからも一緒に遊ぼう……な」
「へっ……? や、俺が気にしてるのはそういうことじゃなくてね……」
「やっぱり! 何か思ってるんだろ。なあ……俺と茅野が付き合うの、反対すんの?」
「いやいや! しないしない! 格好いい舜とお洒落なゆうちゃんで、俺はすっごくお似合いだと思うよ?」
話すまで離さないぞ、と夕里は顔を膨れさせる。
一度いじけると、甘いものを食べるか言うことを聞かなければ、機嫌が直ることはない。
夕里の面倒くさい性格を寺沢は知り尽くしているので、長引かせるだけ無駄だと観念し白状する。
「ゆうちゃんと2人きりになるのは避けてんの! ゆうちゃんとべたべたしてたら、俺が舜に怒られるんだから」
「え、茅野が? 何でそうなんの」
恋愛初心者の夕里には、理屈が分からない。友達なのに2人きりで遊ぶと、茅野は怒るのだろうか。
「それは……ゆうちゃんも、俺と舜が2人で出掛けてたりしたら嫌でしょ?」
「まあ……俺も誘えよ、って思う」
あれだけ茅野を追い回したりしておきながら、今日は好き過ぎてしんどいというわりには自覚がなかったりと、夕里の鈍感さに寺沢は思わず溜め息をついてしまった。
茅野が過保護になる理由も分かり、同情も沸いてくる。
「もっと大好きアピールしなきゃダメだよ。舜、結構束縛強いから」
「お、おう……。寺沢も彼女出来るといいな」
「俺は2人見てるだけでしばらく胸やけしてるからいいよ」
束縛は聞いたことはあるけれど、全く体感していない。
メッセージのやり取りはほぼ毎日していて、時々通話をするくらいだ。
大抵は夕里のほうが途中で寝落ちてしまうので、翌朝にごめんなさいの絵文字を送る。寺沢が胸やけを起こすほどいちゃついてはいない……とは思う。
今日は茅野の好きなところについて語ったつもりが、もっと大好きアピールをしろ、と説教される始末だ。
勝負どころは今度のお泊まり会だな、と夕里は気合いを入れ直した。
……────。
「じゃあ、行ってくるから。戸締りちゃんとしておいてよね」
「はいはい」
「……本当に大丈夫? 兄貴、俺がいないと本っ当に何にも出来ないんだから」
「うるさいなぁ。大丈夫だってば。早く行って来いよ」
大きなボストンバッグを肩に提げた千里は、靴紐を結び終えると子憎たらしい顔で振り返る。
茅野の弟、連と同じサッカー部のチームに所属している千里は、今日から強化合宿へ行ってしまう。
「ご飯はどうすんの?」とか「知らない人が来たらインターホン出ないでいいから」とか。
隣の県にたかが一泊するだけなのに大袈裟過ぎる。
終わりの見えない会話に「はいはいはい」と夕里が適当な返事で濁すことで、無理矢理に終わらせた。
「あれ、また背伸びてないか」
「ん、ああ。伸びたよ。3センチ」
玄関先で段差の上の方に立っているのに、差が全くと言っていいほどない。
千里は得意気に指を3つ立てて、べーっと舌を出した。
中学に上がってから夕里を小馬鹿にするようになった、今では可愛さの欠片もない弟だ。
休日に絶対早起きしない夕里は、千里を見送るために今朝は5時に起きた。
……正確には、朝食をつくった千里に起こされたのだけれど。
茅野が来る前に二度寝だな、と何となくこれからの予定を、まだ眠気の居座る頭で考える。