「……茅野は多分秘密にしておいて、って言うと思うんだけど。こういうの、ずるいって分かってても、やっぱり誰かに言わないと発散出来なくて……。……って、あんまり驚いてなくない?」
「いや!? すごく驚いてるよ!? 舜と付き合ってたんだ……そっかぁ」
自分ではまず飲もうともしない、砂糖なしのコーヒーに口付けていた寺沢が慌てて切り返す。
夕里は一瞬だけ訝しんだが、男同士だと明かしても変わらない空気に緊張の糸は緩んで、ぽろぽろと言葉が溢れる。
「茅野ってめちゃくちゃモテるじゃん? 話すの上手いし聞き上手だろ? それで格好いいし……もう、茅野と付き合うのしんどい……。きゅんきゅんさせられっ放しで」
夕里はミルクティーにどっさりと角砂糖を溶かし入れて、ティースプーンでくるくると混ぜる。
練乳がけのショートケーキよりも甘ったるい茅野へののろけ話に、寺沢は夕里の機嫌を損ねないように適度に相槌を打つ。
「俺、茅野と顔合わせたら突っかかってばっかりで、そのうち愛想尽かされるかもしれない……。でも、今さら甘えても変だよな?」
「んー……舜は包容力あるし、どっちのゆうちゃんでも愛してくれると思うよ?」
「あ、あ……愛して……とか! 真剣な顔して言うなっ」
デリケートな関係を茶化すのは悪いと空気を読んだ寺沢は、的確なアドバイスを施す。
好きとか恋とかを通り越した生々しい表現で、あの一夜のことを思い出し夕里は赤面した。
勢いで頬張ったショートケーキの苺が思いの外酸っぱくて、夕里は顔をしかめる。
「あんなにイケメン毛嫌いしてたのにねぇ……」
「う、う……その通りなんだけど。ずっと嫌いだって思ってたのに、好きって自覚してから茅野のことしか考えられなくなった」
はあぁ、と幸せの溜め息を逃す。最初から恋愛対象が男だった訳じゃない。
ふんわりしていていい匂いのする、自分より身長が小さくて小柄な女の子と付き合うんだと夢見ていた。
毎日手作りのお菓子を持ってきてくれるような、可愛い彼女が理想だったのだ。
……まあ、料理上手っていうスキルでしっかりと胃袋は掴まれたけれど。
「……寺沢はいつから茅野を下の名前で呼んでんの」
「えっ? 最初から自然に呼んでたけど」
ずぅん、と沈む夕里を見て、寺沢は慌てて「呼び方なんて些細なことだよ」とつけくわえる。
思い返せば、茅野の周りは舜にいやら舜君と、下の名前で呼んでいる。
付き合った頃から気にかかっていたことが、今は毎日悩むくらいには日毎に存在が大きくなっていた。
苺をフォークで転がしながら、夕里はうじうじと「だって」や「でも」と引き延ばす。
「じゃあさ、2人きりのときだけ名前で呼んでみれば?」
「2人きり……」
実践するかどうかはまだ未定だが、限りなくハードルは低くなった。
夕里は言葉を反芻しながら、その状況を想像してみる。
──かなり恥ずかしくないか?
促されて無我夢中で呼んだ覚えはある。あのときはもう頭の中では何も考えられなくて、つい呼んでしまったのだ。
すでに空になった寺沢のカップを見て、夕里は半分ほど残っているショートケーキを数口で全て口に入れる。
どこか懐かしい練乳の甘さと苺の酸っぱさが混ざりあって、ちょっぴり切なくなった。
……────。
「あと、クリスマスプレゼント渡しそびれたから一緒に買いに行って欲しい!」
「えぇ……俺、舜の好みに詳しい訳じゃないし、今度舜と行ったほうがいいと思うよ」
「寺沢のほうが付き合い長いだろ。なあ……お願い?」
夕里は手のひらをくっつけて、お願い、と首を傾ける。
十中八九「ダメだからね」と窘められるのかと思いきや、あっさりいいよをもらえた。
この辺りはあまり散策しないお店ばかりが並んでいるので、いろいろと目移りしてしまう。
マフラー、手袋と冬の贈り物の定番が並んでいて、どれも茅野に似合いそうだから迷う。
──いっそペアルックにしてやろうかな……?
なんて思ってもみたけれど、使ってくれなかったときのことを考えると、さすがにへこみそうだ。
冬物を販売している雑貨屋の一角には、お弁当男子という特集でお弁当箱やら水筒が棚に並んでいた。雲形のポップに、お弁当男子というワードについて解説が書いている。
主に男性の社会人が、昼休憩に手作りしたお弁当を持参することを指すらしい。
「節約……って、あんなにいろいろつくって節約になるもんなの?」
菓子パン2つとジュースをお昼ご飯として済ませている夕里は、不思議そうに寺沢に尋ねる。
いつも500円以内で用意して、残りは流行のスイーツ代にあてているのだ。
かやのやのお弁当も買うなら、確か500円のものとおかずが豪華で少し高めのお弁当があったはずだ。
米を炊く苦労は身に染みているので、その手間を省くなら多少はお金をかけてもいいか、と思えてくる。
「お弁当箱とかいいかも。茅野っぽいし……でもサプライズに欠けるよなぁ」
今時のお弁当箱はおかずとご飯を入れる容器が別々になっていたり、保温機能がついていたりして便利だ。
中学から昼ご飯は各自でお弁当を持参することになっていたが、夕里は今と変わらず菓子パンを食べていたので、全く無縁のものだった。
「いや!? すごく驚いてるよ!? 舜と付き合ってたんだ……そっかぁ」
自分ではまず飲もうともしない、砂糖なしのコーヒーに口付けていた寺沢が慌てて切り返す。
夕里は一瞬だけ訝しんだが、男同士だと明かしても変わらない空気に緊張の糸は緩んで、ぽろぽろと言葉が溢れる。
「茅野ってめちゃくちゃモテるじゃん? 話すの上手いし聞き上手だろ? それで格好いいし……もう、茅野と付き合うのしんどい……。きゅんきゅんさせられっ放しで」
夕里はミルクティーにどっさりと角砂糖を溶かし入れて、ティースプーンでくるくると混ぜる。
練乳がけのショートケーキよりも甘ったるい茅野へののろけ話に、寺沢は夕里の機嫌を損ねないように適度に相槌を打つ。
「俺、茅野と顔合わせたら突っかかってばっかりで、そのうち愛想尽かされるかもしれない……。でも、今さら甘えても変だよな?」
「んー……舜は包容力あるし、どっちのゆうちゃんでも愛してくれると思うよ?」
「あ、あ……愛して……とか! 真剣な顔して言うなっ」
デリケートな関係を茶化すのは悪いと空気を読んだ寺沢は、的確なアドバイスを施す。
好きとか恋とかを通り越した生々しい表現で、あの一夜のことを思い出し夕里は赤面した。
勢いで頬張ったショートケーキの苺が思いの外酸っぱくて、夕里は顔をしかめる。
「あんなにイケメン毛嫌いしてたのにねぇ……」
「う、う……その通りなんだけど。ずっと嫌いだって思ってたのに、好きって自覚してから茅野のことしか考えられなくなった」
はあぁ、と幸せの溜め息を逃す。最初から恋愛対象が男だった訳じゃない。
ふんわりしていていい匂いのする、自分より身長が小さくて小柄な女の子と付き合うんだと夢見ていた。
毎日手作りのお菓子を持ってきてくれるような、可愛い彼女が理想だったのだ。
……まあ、料理上手っていうスキルでしっかりと胃袋は掴まれたけれど。
「……寺沢はいつから茅野を下の名前で呼んでんの」
「えっ? 最初から自然に呼んでたけど」
ずぅん、と沈む夕里を見て、寺沢は慌てて「呼び方なんて些細なことだよ」とつけくわえる。
思い返せば、茅野の周りは舜にいやら舜君と、下の名前で呼んでいる。
付き合った頃から気にかかっていたことが、今は毎日悩むくらいには日毎に存在が大きくなっていた。
苺をフォークで転がしながら、夕里はうじうじと「だって」や「でも」と引き延ばす。
「じゃあさ、2人きりのときだけ名前で呼んでみれば?」
「2人きり……」
実践するかどうかはまだ未定だが、限りなくハードルは低くなった。
夕里は言葉を反芻しながら、その状況を想像してみる。
──かなり恥ずかしくないか?
促されて無我夢中で呼んだ覚えはある。あのときはもう頭の中では何も考えられなくて、つい呼んでしまったのだ。
すでに空になった寺沢のカップを見て、夕里は半分ほど残っているショートケーキを数口で全て口に入れる。
どこか懐かしい練乳の甘さと苺の酸っぱさが混ざりあって、ちょっぴり切なくなった。
……────。
「あと、クリスマスプレゼント渡しそびれたから一緒に買いに行って欲しい!」
「えぇ……俺、舜の好みに詳しい訳じゃないし、今度舜と行ったほうがいいと思うよ」
「寺沢のほうが付き合い長いだろ。なあ……お願い?」
夕里は手のひらをくっつけて、お願い、と首を傾ける。
十中八九「ダメだからね」と窘められるのかと思いきや、あっさりいいよをもらえた。
この辺りはあまり散策しないお店ばかりが並んでいるので、いろいろと目移りしてしまう。
マフラー、手袋と冬の贈り物の定番が並んでいて、どれも茅野に似合いそうだから迷う。
──いっそペアルックにしてやろうかな……?
なんて思ってもみたけれど、使ってくれなかったときのことを考えると、さすがにへこみそうだ。
冬物を販売している雑貨屋の一角には、お弁当男子という特集でお弁当箱やら水筒が棚に並んでいた。雲形のポップに、お弁当男子というワードについて解説が書いている。
主に男性の社会人が、昼休憩に手作りしたお弁当を持参することを指すらしい。
「節約……って、あんなにいろいろつくって節約になるもんなの?」
菓子パン2つとジュースをお昼ご飯として済ませている夕里は、不思議そうに寺沢に尋ねる。
いつも500円以内で用意して、残りは流行のスイーツ代にあてているのだ。
かやのやのお弁当も買うなら、確か500円のものとおかずが豪華で少し高めのお弁当があったはずだ。
米を炊く苦労は身に染みているので、その手間を省くなら多少はお金をかけてもいいか、と思えてくる。
「お弁当箱とかいいかも。茅野っぽいし……でもサプライズに欠けるよなぁ」
今時のお弁当箱はおかずとご飯を入れる容器が別々になっていたり、保温機能がついていたりして便利だ。
中学から昼ご飯は各自でお弁当を持参することになっていたが、夕里は今と変わらず菓子パンを食べていたので、全く無縁のものだった。