「……あのさ、俺、いっつも言えてないんだけど……」
「ん、何?」
「お弁当、毎日つくってきてくれてありがとう」
「……深刻そうな顔して言うからびっくりした。どういたしまして。菓子パンよりは栄養あるし、手作りのほうが美味しいでしょ?」
最初は押しつけがましいなんて思っていたけれど、茅野の持ってくるお弁当の中身を想像するようになって。
家での時間を削って甘党の夕里のために、趣向や味を凝らしたお総菜をつくってくれる。
砂糖をたっぷり使ったものしか食べられなかったのが、茅野のおかげで可食の幅がかなり拡がった。
かつて夕里が大好物だった菓子パンよりも、自分の手作りのほうが美味しいと言い切るあたり、茅野は結構な自信家だ。
すっかり胃袋を掴まれた身としては、否定しないけれど。
「まだちょっと食べられないものもあるんだけど……多分、茅野のつくったものなら、これからも全部食べられると思う。……ずっとさ、甘党は個性だって言い張って、人の言うこと聞かない振りしてた。だから、その……いろいろ、迷惑かけたよな」
「夕里、頑固なところあるからこっちも強く押さないと、って学んだし。料理つくるのは好きだし、それで喜んで食べてくれるならもっと嬉しいよ」
「じゃあさ……じゃあさ! 今度リクエストしていい? こういうのもつくれたりすんの!?」
夕里は瞳をキラキラとさせながら、いいねがたくさんついているお洒落なパスタが映った、スマートフォンの画面を茅野に見せる。
「どうせ写真だけ撮って食べないんでしょ」と千里には一度断られた料理だ。
子どものようにせがむ夕里に、茅野はいいよ、と軽く答える。
「レシピが分かればつくられるかも。……こんなに綺麗に出来るかは微妙だけど」
「本当っ!? 出来んのっ!? すごいな茅野っ。味つけは茅野の感覚でいいよ。そっちのほうが俺も食べられると思う」
手料理を褒めまくることで、夕里は無意識に茅野がきゅんきゅんするポイントをついていた。
好き嫌いの激しい夕里は、今まで食べたいものは? と聞かれても、デザートばかりを答えていた。
自分で料理はまだまだ出来ないけれど、具体的につくって欲しいものをリクエストするのは、まあ楽しい。
「俺、甘いもの以外でもわりと食べられるようになったから、そんなに気を遣わなくてもいい、っていうか……」
「夕里のほうこそ急いだり無理しなくていいよ。ちょっとずつ慣れていけばいいから」
何だか褒められた気がして、頬がぽっと赤くなる。
どちらからともなく絡んだ指先が熱くて、血が通ってくすぐったい。
「ね、キスしてもいい?」
男同士だし何より人気はまだあるので、夕里は思いっきり首を左右に振る。
「……うちだったら、いっぱいしてもいい……」
「キスだけ?」
「う……うぅ……い、言わないからな! 絶対!」
巧みに誘導してくる茅野の駆け引きを、放棄する選択肢なんてない。
キスからその先を勝手に想像して、煙が出そうなほど熱くなっている夕里の身体を、夜風が冷ましていった。
× × ×
「明日の放課後付き合って欲しいんだけど」
いつもなら気付くのに数分ですぐに返信がくるのに、今日に限って遅い。
既読のサインが届いているのに、と不安になったが、別のことに手をつけ出すと些細なことも気にならなくなった。
『俺とゆうちゃんの2人でってこと? 舜は呼ばなくていい?』
わざわざ茅野を外してメッセージ送ってるんだから、茅野には聞かれたくない内容なんだよ察せよ、と文字には出来ない念を送る。
「呼ばなくていい。寺沢と2人でいい」と何度言っても、寺沢は「舜も呼ぶ」と譲らない。
『何か……舜騙してるみたいだから!』
「1時間だけ! お願い!」
押し問答は日付が変わっても続き、夕里がアンニュイなウサギの絵文字を連投すると、あれほどくどかった寺沢は分かったと一言だけ返事をくれた。
断られたら明日学校で説得するつもりだったが、これでゆっくり思い残すことなく眠れそうだ。
──でも、茅野を騙してるみたい、って何だ……?
ふと心の端引っ掛かったが、眠気に思考する隙を奪われて朝に目覚めたときにはもう忘れ去ってしまっていた。
「……で、いきなり2人で話したいことって?」
「このカフェのケーキすっごく美味しいんだよなぁ……ドリンクの種類少ないけど、市販品使ってないし」
練乳がけの苺のショートケーキとミルクティーのセットを頼み、寺沢はホットコーヒーのみを頼んだ。
同じ学校の生徒がいると存分に話せない気がしたので、今日は外れにあるモダンな雰囲気のカフェに来ている。
休日は予約必須だが、平日の日暮れ時に行くと意外にも席は空いているのだ。
「寺沢も一口食べる?」
「ゆうちゃん。話って……」
「あ、大きい苺の部分はダメだからな。あと、練乳がいっぱいかかってるところも!」
「あのさあ、ゆうちゃん!」
いきなり声を荒げられて、夕里はびくりと肩を跳ねさせた。
なかなか話したいことを切り出さない夕里に、昨夜から焦らしに焦らされている寺沢はばつの悪そうな顔をする。
「ご、ごめ……。でも、絶対に他の人には言えないことで! 寺沢にも話そうか迷ったんだけど。俺、実は茅野と付き合ってて……」
しん、と向い合わせのテーブルで沈黙が落ちる。どこかで言ってはいけないと思いつつも、ずっと秘密にしておく重圧に耐えきれなかったのだ。
茅野が先に寺沢にあっさり漏らしていることも知らず、夕里は付き合うことになった経緯の諸々を話した。
「ん、何?」
「お弁当、毎日つくってきてくれてありがとう」
「……深刻そうな顔して言うからびっくりした。どういたしまして。菓子パンよりは栄養あるし、手作りのほうが美味しいでしょ?」
最初は押しつけがましいなんて思っていたけれど、茅野の持ってくるお弁当の中身を想像するようになって。
家での時間を削って甘党の夕里のために、趣向や味を凝らしたお総菜をつくってくれる。
砂糖をたっぷり使ったものしか食べられなかったのが、茅野のおかげで可食の幅がかなり拡がった。
かつて夕里が大好物だった菓子パンよりも、自分の手作りのほうが美味しいと言い切るあたり、茅野は結構な自信家だ。
すっかり胃袋を掴まれた身としては、否定しないけれど。
「まだちょっと食べられないものもあるんだけど……多分、茅野のつくったものなら、これからも全部食べられると思う。……ずっとさ、甘党は個性だって言い張って、人の言うこと聞かない振りしてた。だから、その……いろいろ、迷惑かけたよな」
「夕里、頑固なところあるからこっちも強く押さないと、って学んだし。料理つくるのは好きだし、それで喜んで食べてくれるならもっと嬉しいよ」
「じゃあさ……じゃあさ! 今度リクエストしていい? こういうのもつくれたりすんの!?」
夕里は瞳をキラキラとさせながら、いいねがたくさんついているお洒落なパスタが映った、スマートフォンの画面を茅野に見せる。
「どうせ写真だけ撮って食べないんでしょ」と千里には一度断られた料理だ。
子どものようにせがむ夕里に、茅野はいいよ、と軽く答える。
「レシピが分かればつくられるかも。……こんなに綺麗に出来るかは微妙だけど」
「本当っ!? 出来んのっ!? すごいな茅野っ。味つけは茅野の感覚でいいよ。そっちのほうが俺も食べられると思う」
手料理を褒めまくることで、夕里は無意識に茅野がきゅんきゅんするポイントをついていた。
好き嫌いの激しい夕里は、今まで食べたいものは? と聞かれても、デザートばかりを答えていた。
自分で料理はまだまだ出来ないけれど、具体的につくって欲しいものをリクエストするのは、まあ楽しい。
「俺、甘いもの以外でもわりと食べられるようになったから、そんなに気を遣わなくてもいい、っていうか……」
「夕里のほうこそ急いだり無理しなくていいよ。ちょっとずつ慣れていけばいいから」
何だか褒められた気がして、頬がぽっと赤くなる。
どちらからともなく絡んだ指先が熱くて、血が通ってくすぐったい。
「ね、キスしてもいい?」
男同士だし何より人気はまだあるので、夕里は思いっきり首を左右に振る。
「……うちだったら、いっぱいしてもいい……」
「キスだけ?」
「う……うぅ……い、言わないからな! 絶対!」
巧みに誘導してくる茅野の駆け引きを、放棄する選択肢なんてない。
キスからその先を勝手に想像して、煙が出そうなほど熱くなっている夕里の身体を、夜風が冷ましていった。
× × ×
「明日の放課後付き合って欲しいんだけど」
いつもなら気付くのに数分ですぐに返信がくるのに、今日に限って遅い。
既読のサインが届いているのに、と不安になったが、別のことに手をつけ出すと些細なことも気にならなくなった。
『俺とゆうちゃんの2人でってこと? 舜は呼ばなくていい?』
わざわざ茅野を外してメッセージ送ってるんだから、茅野には聞かれたくない内容なんだよ察せよ、と文字には出来ない念を送る。
「呼ばなくていい。寺沢と2人でいい」と何度言っても、寺沢は「舜も呼ぶ」と譲らない。
『何か……舜騙してるみたいだから!』
「1時間だけ! お願い!」
押し問答は日付が変わっても続き、夕里がアンニュイなウサギの絵文字を連投すると、あれほどくどかった寺沢は分かったと一言だけ返事をくれた。
断られたら明日学校で説得するつもりだったが、これでゆっくり思い残すことなく眠れそうだ。
──でも、茅野を騙してるみたい、って何だ……?
ふと心の端引っ掛かったが、眠気に思考する隙を奪われて朝に目覚めたときにはもう忘れ去ってしまっていた。
「……で、いきなり2人で話したいことって?」
「このカフェのケーキすっごく美味しいんだよなぁ……ドリンクの種類少ないけど、市販品使ってないし」
練乳がけの苺のショートケーキとミルクティーのセットを頼み、寺沢はホットコーヒーのみを頼んだ。
同じ学校の生徒がいると存分に話せない気がしたので、今日は外れにあるモダンな雰囲気のカフェに来ている。
休日は予約必須だが、平日の日暮れ時に行くと意外にも席は空いているのだ。
「寺沢も一口食べる?」
「ゆうちゃん。話って……」
「あ、大きい苺の部分はダメだからな。あと、練乳がいっぱいかかってるところも!」
「あのさあ、ゆうちゃん!」
いきなり声を荒げられて、夕里はびくりと肩を跳ねさせた。
なかなか話したいことを切り出さない夕里に、昨夜から焦らしに焦らされている寺沢はばつの悪そうな顔をする。
「ご、ごめ……。でも、絶対に他の人には言えないことで! 寺沢にも話そうか迷ったんだけど。俺、実は茅野と付き合ってて……」
しん、と向い合わせのテーブルで沈黙が落ちる。どこかで言ってはいけないと思いつつも、ずっと秘密にしておく重圧に耐えきれなかったのだ。
茅野が先に寺沢にあっさり漏らしていることも知らず、夕里は付き合うことになった経緯の諸々を話した。