「茅野はそれ……彼女につくってもらってんの? あーあ、羨ましい。茅野と釣り合うレベルの彼女って、この学校にいるの? 他校の子だったり?」
教室の女子からの刺すような視線を一手に受けているのは分かっていたけれど、余裕そうな表情が端から崩れていったので、夕里はほくそ笑む。
「舜は今誰とも付き合ってないだろ? 告られるの待ってるタイプだもんな」
寺沢は夕里をだしにして、逆に女子人気を獲得しようとしている。
茅野の情報……特に彼女の有無を見破った寺沢の功績は大きい。
しかし、茅野の返答に、教室中の片想いをしている女子達は恋破れることになる。
「俺、付き合ってるやついるし」
ぽろっと寺沢の箸の先から、プチトマトが落ちた。
誰からの情報かは全く分からないけれど、茅野に彼女がいないと信じるほうが難しい。
分かりきっていた返答なのに、夕里は弄ばれた気分になって心がむず痒くなる。
──俺と付き合ってよ、ってどの口が言ってるんだ……?
コミュニケーション能力の高い男は、羨ましいどころか完璧過ぎて怖い。
付き合ってよ、というのは単に夕里をからかっただけなのか、それとも全く別のベクトルの意味のつもりで言った言葉なのか。
「は、は、初めて聞いたぞ……付き合ってるなんて!」
「初めて言ったし」
茅野が一瞬だけこちらに顔を向けて、夕里にアイコンタクトをとる。
イケメンの冗談は心臓に悪いな、と夕里は徹底的に茅野の意味ありげな視線から、顔を逸らし続けた。
そんな可愛いげのなく素っ気ない態度でいたにもかかわらず、茅野はひたすらに構ってくる。
接点のなかった茅野になつかれるものだから、矢継ぎ早に「茅野と何かあったのか」と質問責めにされるはめになった。
3年も避けるくらいの不良という噂は、実のところ全く根拠のないでたらめだった。
女子達の人気をかっさらったせいで、一部の同性から妬まれて人気ががた落ちするような噂を流されているのだ。
貶める噂は出回るのが早いが、茅野自身は不良とは無縁なので沈静化するのも早かった。
放課後も下校の間も、茅野は飽きずに夕里にくっついている。茅野を遊びに誘う同級生に「また今度な」とだけ返事をする。断るときの台詞も嫌みっぽくない。
「苺の日の限定ショートケーキ食べ損なった件、忘れてないからな!」
「俺のせいにすんの? おっさん相手に泣きべそかいてたのを助けたのに?」
「それ以上言うなっ……! 声っ、聞こえるだろ!」
昨日、夕里が自分の倍以上の年齢差のあるスーツの男に、迫られていたのは紛れもない事実だ。
しかし、下校中の他の生徒がいる中で、それを口に出すのはデリカシーが欠けている。夕里は慌てて手を伸ばして茅野の口を塞いだ。
「……俺だって、傷ついてるんだからな!」
──今頃、限定ショートケーキの写真をあげて、いっぱいちやほやされてたのに……!
しおらしく制服の袖口を掴む夕里に、茅野は初めてばつの悪そうな顔をした。
「……からかってごめんな。怖かったよな」
「そうだよ! 怖かったよ! 普通、高校生に詐欺やら勧誘やらで声かけるか!?」
小さくて可愛くてふわふわしたものが大好きな夕里は、その真逆のものが苦手だ。
パーソナルスペースを跨いできた初対面の男に、いきなり尻を揉まれた一件がすっかりトラウマになっている。
「詐欺? 何の話してんの」
「お金くれるとか絶対に怪しい! 詐欺に決まってるだろ!? 高校生脅してまで……よっぽどお金に困ってたんだな」
的外れな同情に、茅野は呆れてため息をつく。
わんわんと隣で喚く夕里の頭をぐりぐりと、まるで犬みたいに撫でまくる。
斜め上の勘違いをしている夕里は、茅野を振り切るために大股で歩き出した。
身長差があるということは歩幅も違う訳で、茅野が歩くペースを上げれば簡単に追いつかれてしまう。
「苺のショートケーキだっけ? 奢ってあげるからいろいろお話しようよ」
「あれは1ヶ月に1回の限定のやつなの! そこらへんにあるショートケーキと一緒にするな。っていうか、ついて来るなっ」
しっしっと払い除けても磁石のようにくっついてくる。でも、昨日の見ず知らずの男に感じた、じめじめした不快感は不思議なくらいなかった。
最寄りの駅に着くまでは、もちろん話なんて弾まなかった。夕里が一方的に会話のキャッチボールに参加しなかっただけで、茅野にはプライベートについていろいろと聞かれた。
電車はそれぞれ正反対の方向だったので、ようやく解放されることにほっとする。
改札を抜けたところで、見知らぬ小学生くらいの男の子が茅野に向かって突進してきた。
「舜にい……! 大変だから、今すぐお家に帰ってきて!」
がま口の財布を下げた少年は、茅野の服をぐいぐい引っ張っるのに必死だ。
待て待て、と茅野は同じ目線までしゃがんで、年相応に取り乱す少年を宥める。
学校の友達と接するときよりかは幾分か柔らかく優しく、それでもしっかりとした口調で問いかける。
「大変ってどうしたんだ? うち、今そんなに忙しいのか?」
「……お母さんとお父さん、お仕事出てて。舞が熱出てて苦しそうにしてる!」
「連は帰ってきてないのか?」
「連にい……まだ帰ってない」
教室の女子からの刺すような視線を一手に受けているのは分かっていたけれど、余裕そうな表情が端から崩れていったので、夕里はほくそ笑む。
「舜は今誰とも付き合ってないだろ? 告られるの待ってるタイプだもんな」
寺沢は夕里をだしにして、逆に女子人気を獲得しようとしている。
茅野の情報……特に彼女の有無を見破った寺沢の功績は大きい。
しかし、茅野の返答に、教室中の片想いをしている女子達は恋破れることになる。
「俺、付き合ってるやついるし」
ぽろっと寺沢の箸の先から、プチトマトが落ちた。
誰からの情報かは全く分からないけれど、茅野に彼女がいないと信じるほうが難しい。
分かりきっていた返答なのに、夕里は弄ばれた気分になって心がむず痒くなる。
──俺と付き合ってよ、ってどの口が言ってるんだ……?
コミュニケーション能力の高い男は、羨ましいどころか完璧過ぎて怖い。
付き合ってよ、というのは単に夕里をからかっただけなのか、それとも全く別のベクトルの意味のつもりで言った言葉なのか。
「は、は、初めて聞いたぞ……付き合ってるなんて!」
「初めて言ったし」
茅野が一瞬だけこちらに顔を向けて、夕里にアイコンタクトをとる。
イケメンの冗談は心臓に悪いな、と夕里は徹底的に茅野の意味ありげな視線から、顔を逸らし続けた。
そんな可愛いげのなく素っ気ない態度でいたにもかかわらず、茅野はひたすらに構ってくる。
接点のなかった茅野になつかれるものだから、矢継ぎ早に「茅野と何かあったのか」と質問責めにされるはめになった。
3年も避けるくらいの不良という噂は、実のところ全く根拠のないでたらめだった。
女子達の人気をかっさらったせいで、一部の同性から妬まれて人気ががた落ちするような噂を流されているのだ。
貶める噂は出回るのが早いが、茅野自身は不良とは無縁なので沈静化するのも早かった。
放課後も下校の間も、茅野は飽きずに夕里にくっついている。茅野を遊びに誘う同級生に「また今度な」とだけ返事をする。断るときの台詞も嫌みっぽくない。
「苺の日の限定ショートケーキ食べ損なった件、忘れてないからな!」
「俺のせいにすんの? おっさん相手に泣きべそかいてたのを助けたのに?」
「それ以上言うなっ……! 声っ、聞こえるだろ!」
昨日、夕里が自分の倍以上の年齢差のあるスーツの男に、迫られていたのは紛れもない事実だ。
しかし、下校中の他の生徒がいる中で、それを口に出すのはデリカシーが欠けている。夕里は慌てて手を伸ばして茅野の口を塞いだ。
「……俺だって、傷ついてるんだからな!」
──今頃、限定ショートケーキの写真をあげて、いっぱいちやほやされてたのに……!
しおらしく制服の袖口を掴む夕里に、茅野は初めてばつの悪そうな顔をした。
「……からかってごめんな。怖かったよな」
「そうだよ! 怖かったよ! 普通、高校生に詐欺やら勧誘やらで声かけるか!?」
小さくて可愛くてふわふわしたものが大好きな夕里は、その真逆のものが苦手だ。
パーソナルスペースを跨いできた初対面の男に、いきなり尻を揉まれた一件がすっかりトラウマになっている。
「詐欺? 何の話してんの」
「お金くれるとか絶対に怪しい! 詐欺に決まってるだろ!? 高校生脅してまで……よっぽどお金に困ってたんだな」
的外れな同情に、茅野は呆れてため息をつく。
わんわんと隣で喚く夕里の頭をぐりぐりと、まるで犬みたいに撫でまくる。
斜め上の勘違いをしている夕里は、茅野を振り切るために大股で歩き出した。
身長差があるということは歩幅も違う訳で、茅野が歩くペースを上げれば簡単に追いつかれてしまう。
「苺のショートケーキだっけ? 奢ってあげるからいろいろお話しようよ」
「あれは1ヶ月に1回の限定のやつなの! そこらへんにあるショートケーキと一緒にするな。っていうか、ついて来るなっ」
しっしっと払い除けても磁石のようにくっついてくる。でも、昨日の見ず知らずの男に感じた、じめじめした不快感は不思議なくらいなかった。
最寄りの駅に着くまでは、もちろん話なんて弾まなかった。夕里が一方的に会話のキャッチボールに参加しなかっただけで、茅野にはプライベートについていろいろと聞かれた。
電車はそれぞれ正反対の方向だったので、ようやく解放されることにほっとする。
改札を抜けたところで、見知らぬ小学生くらいの男の子が茅野に向かって突進してきた。
「舜にい……! 大変だから、今すぐお家に帰ってきて!」
がま口の財布を下げた少年は、茅野の服をぐいぐい引っ張っるのに必死だ。
待て待て、と茅野は同じ目線までしゃがんで、年相応に取り乱す少年を宥める。
学校の友達と接するときよりかは幾分か柔らかく優しく、それでもしっかりとした口調で問いかける。
「大変ってどうしたんだ? うち、今そんなに忙しいのか?」
「……お母さんとお父さん、お仕事出てて。舞が熱出てて苦しそうにしてる!」
「連は帰ってきてないのか?」
「連にい……まだ帰ってない」