「夕にいも参加するって、母さんが張り切ってつくったんだから。人数増えるから追加でケーキ買いに行かされたし。ラストだったんだよそのケーキ」

脇に避けられている白のボックスを見つけて、2人は苦笑する。

最後に買い逃した店のケーキは、連が先に見つけてお持ち帰りしていたのだ。

定番の苺のケーキと、直美と舞が手作りしたフルーツたっぷりのケーキに、蝋燭をさすのを手伝う。

明かりを落とした部屋で、オレンジ色の炎が揺らめいて綺麗だ。

舞の歌う声に合わせて、皆でサンタクロースの歌をうたった。

さすがに3番まで続くと歌詞も分からなくなってきて、年長組はメロディーを口ずさんで誤魔化した。

「はい。夕にいの大好きなケーキだよ。夕にいもう泣かないでちゃんと泣き虫やっつけてね」

「えぇ? お兄ちゃん泣いてたの?」

「うるさいなぁ。ちょっとしんみりしちゃっただけだから」

くすくすと笑う千里に、夕里は睨んで返す。

パーティー用の尖り帽子を被せられて、舞がケーキを口まで運んでくれる。

大きな口を開けて生クリームたっぷりのケーキを頬張ると、夕里は今日1番の幸福な顔を見せた。

「美味しいぃ……頬っぺとろけそう……」

どちらのケーキも甲乙つけがたいくらいに美味しい。

緩めの7分の固さに泡立てられた生クリームは、いい感じに口の中の温度で溶けてラム酒を染み込ませた生地とよくマッチしている。

新鮮で果汁をたっぷり含んだ苺も、生クリームの糖度には負けていなくて、果実の酸味で甘いだけの味をきゅっと引き締めてくれた。

クリスマスパーティーの最中、いじられ役の夕里は舞や悟に質問責めにあうことになる。

ミーハー男子を自負する夕里は、小学校で流行っている遊びや話題にも対応してみせた。

何としてでも夕里に「知らない」と言わせたいのか、話のテーマは徐々に夕里の苦手な勉強になる。

「網目模様の葉っぱの赤ちゃんは、何枚でしょうか?」

「葉っぱの赤ちゃん? 何だそれ」

「夕にいはずれー! 正解は2枚でしたー」

問題文にもなっていないような質問を出されて、夕里はお手上げだった。

満腹になるまで食べて遊んでもらった後、小学生組は畳の上で眠り始める。

うっかり踏まないようにしながら、夕里は飲みものを持って茅野の隣に移動した。

「なつかれてたな」

「ちびっ子には人気あるからな、俺。……あー、ケーキもお腹いっぱい食べられたし、もう思い残すことない」

「これで最後みたいな言い方。来年も再来年もあるのに」

「やっぱり大人数だと楽しいな。今日、かやのやに行ってみてよかった」

床に降ろしている茅野の手と一瞬触れて、熱が移る。

熱いものにうっかり触ったときみたいに、手を引っ込めてしまった。

オレンジジュースの入ったグラスを机に置いて、両手で茅野の手を取る。

その大きな手のひらを下にして、自分の頭にのせた。

「……撫でるの禁止、撤回する……。気が済むまで……撫でろ」

おかしな命令形に茅野は笑って手を動かす。
夕里は立てた膝の間に、にやけた表情を隠した。

「かーわい。……次は大人数じゃなくて、2人きりがいいね」

「2人きり……でもいいけど」

夕里のデレた隙に、茅野は好機を逃さないとばかりにつけ込んでくる。

素直になると押さえていた好きが溢れて、もう止まらなくなった。

でも、それを他人には言えないから、この恋は慎重に育てないといけない。

ひとしきり撫でた後、茅野は満足したのか腕を下ろした。

少し前までは隣に座るだけでも近くて焦れったくて、この距離感が苦手だったのに。

「ケーキ食べないの? もうお腹いっぱい?」

「……食べる」

甘いものにつられて、夕里は餌を与えられようとする雛鳥のように口を開ける。

生クリームがたっぷりとまとわりついた、大きめの一口を押し込まれた。

体温に触れるとゆるゆると溶ける生クリームみたく、夕里もふにゃあ、と表情を綻ばせた。

大好物を餌付けされて最大の隙を見せる夕里に、茅野は浅く溜め息をつく。

「何て顔してんの。あーあ、もう夕里には甘いもの食べさせたくない」

つい溢れた茅野の台詞に、夕里はあからさまにショックを受ける。

甘いもの禁止を言い渡されたに等しい意味合いの言葉に、落ち込む夕里を見て茅野は少し慌てた。

せっかくデレていたのに、いつもの調子で意地悪く接してしまったことを後悔する。

「……食べさせたくない、って言われても食べるつもりだしっ……。茅野と、いろいろ……行きたいところあるのに……」

直接誘うのは恥ずかしいから思わせ振りなことを言って、向こうから誘われたようにしたいのだ。

自覚し始めた恋は、まだまだ未発展で低空でふらふらと寄り道をしながら進んでいく。

「じゃあ、今度行こうよ。クリスマスデート出来なかったの、ちょっと残念だけど。俺も甘いもの好きだし」

「……休日、空けておく。わざわざ空けるんだから、途中でやめたとかなしだからな!」

「夕里こそ心変わりして、やっぱり行かないはなしだよ」

視線はあえて合わさないまま、小指だけをお互いに絡ませる。今度っていつだろう。

冬休みが明けてから? それとも今年中? 詳細は後日、メッセージのやり取りで決めていくのだろうけれど、それすらも待ち遠しい。

好きだと気付いた瞬間から、きっと加速度をつけて愛しいという気持ちが募っていくのだ。

甘いものを食べたときと同じ幸福感に包まれながら、夕里は隣へと頭を預けた。