「舞ちゃんのおかげでもう治ったから大丈夫だよ。舞ちゃんも舜にいが帰ってきたから、もう泣いちゃダメだよ。……俺もそろそろ帰ろうかな」
もっともっと泣いていたいのに、空元気もいいところだ。
なるべく茅野の顔を見ないようにしながら、夕里は片腕で目元を擦りながら退出する。
外はいつの間にか雪がちらつき始めていて、降り積もらずに地面だけを濡らしていた。
濡れるなら泣き顔が隠せるからちょうどいい。
開けていない視界と濡れたせいで滑りやすくなっている地面に足元を掬われて、夕里は長い階段の途中でバランスを崩してしまう。
──あ。やば……。
瞬間、灰色の空と雲が見えて、それが最後の景色なのだと思った。
「……何やってんの。夕里。おっさんに絡まれたり転んだり忙しいな」
「は……はぁ!? 転んだのは俺のせいだけど、おっさんはおっさんが悪いんだからな! なあ、聞いてんのか」
「あー……無事でよかった……」
何がどうなったか分からないけれど、下敷きになっている茅野が夕里の身体を退かして這い出てくる。
腰を強かに打ちつけたらしく、しきりに後ろをさすりながら。
「……俺までぎっくり腰になんてなったら、親に笑われる」
「……ごめん。どうしよう……俺のせいで、かやのや潰れるかも……!」
「潰れねぇから。這ってでも店番しろ、って直美に言われるだけ」
そんなこと言うはずない。茅野に負担をかけて落ち込んでいた。
それを伝えようとしたところで、ダウンコートのポケットの中身が震えだした。
茅野のスマートフォンへの着信は結愛からだった。
茅野は迷わずにその電話に出る。
スピーカーモードにもしていないのに、責めるような結愛の声は夕里の耳にも届いた。
「ごめん。結愛ちゃんとは付き合えない……切るね」
向こう側に吐き出させた後で、茅野は端的にそう告げると何秒か間を置いて通話を切った。
「付き合えない、って……。付き合ってなかったのか?」
「知り合ってから1ヶ月とちょっとしか経ってないし。さすがに早過ぎる」
夕里がのしかかってきて画面が割れなくてよかった、なんて言いながら再びスマートフォンをポケットにしまう茅野を見て、夕里はぽろぽろと涙を溢す。
「いきなり泣いたり、撫でなかったら不機嫌になるしで、本当面白い。夕里」
「もう……やだっ……。……すき。茅野が……好き。他のやつに、とられたくない……っ」
言ったら楽になると思った言葉は、すぐに融点を超えて形を伴わなくなる。
舌足らずに繰り返す「好き」という言葉に、茅野の目元がほんのりと赤く染まる。
「かと思ったらいきなり甘えてくるし。今日どうしたの」
「茅野は……どう思ってるんだよ。俺のこと……」
「夕里は最近俺のこと好きになったみたいだけど。俺のほうがもっと前から好きになってたよ。夕里、俺と違って感情表現が率直で見てて楽しいし。勝手に癒されて好きになってた」
もやもやイコール好きという単純な方程式よりも、複雑な経緯をしたり顔で聞かされて、夕里は目をぱちくりとさせた。でもやっぱり単純だ。
「癒されて好きになるとか単純だな。俺はぬいぐるみか」
ひねた返しに茅野は笑う。
その表情はどこかすっきりしていて、夕里も完全に喉元のつかえが取れた気がした。
意識するともやもやはむずむずに変わって、好きな人がすぐ隣にいるのに急に落ち着かない。
「クリスマスなんだし、せっかくだからデートしよっか。ケーキでも食べに」
「お前の奢りだったらいいよ。で……デート。ついて行ってあげても!」
若干のぎこちなさを引き連れて、茅野と街へ繰り出す。
予約が必須な人気店のケーキはことごとく売り切れで、コンビニのスイーツも全滅。
クリスマスなんて一歩出遅れれば、甘いものが近場から消滅する最悪のイベントだ。
「まあ……明日には元通りにになってるだろうし。落ち込むなよ」
「落ち込んでない! 1日くらい甘いもの食べられなくても平気だし……」
最後に行ったお店はついさっき最後のホールケーキが売り切れたとかで、結局何も買えずに茅野の家へ帰ることになった。
さすがに2回目は受け止めきれない、と深刻そうに言われたので、夕里達は中の階段を使って部屋へ戻った。
「おそーい! 夕にいも舜にいもご飯出来てるよ!」
お腹を空かせている舞が、茅野と夕里の手を取ってテーブルの前へ座らせる。
フライドチキンにポテト、ピザやグラタンが並ぶなかで中央に2つ、白いクリームのホールケーキが用意されていた。
「……え、千里がいる。どういうこと?」
「出かけるって言ったじゃん。……お兄ちゃん、予定ないって言ってたのに、舜君といるんだもん。こっちこそびっくりした」
来た当初は飾りつけなど全くされていなかったのに、夕里達がケーキを買いに行っている間に随分と派手になった。
折り紙を繋ぎ合わせた輪っかや、千里と連と悟の3人で買いに行ったクリスマスブーツが壁に下げられている。
もっともっと泣いていたいのに、空元気もいいところだ。
なるべく茅野の顔を見ないようにしながら、夕里は片腕で目元を擦りながら退出する。
外はいつの間にか雪がちらつき始めていて、降り積もらずに地面だけを濡らしていた。
濡れるなら泣き顔が隠せるからちょうどいい。
開けていない視界と濡れたせいで滑りやすくなっている地面に足元を掬われて、夕里は長い階段の途中でバランスを崩してしまう。
──あ。やば……。
瞬間、灰色の空と雲が見えて、それが最後の景色なのだと思った。
「……何やってんの。夕里。おっさんに絡まれたり転んだり忙しいな」
「は……はぁ!? 転んだのは俺のせいだけど、おっさんはおっさんが悪いんだからな! なあ、聞いてんのか」
「あー……無事でよかった……」
何がどうなったか分からないけれど、下敷きになっている茅野が夕里の身体を退かして這い出てくる。
腰を強かに打ちつけたらしく、しきりに後ろをさすりながら。
「……俺までぎっくり腰になんてなったら、親に笑われる」
「……ごめん。どうしよう……俺のせいで、かやのや潰れるかも……!」
「潰れねぇから。這ってでも店番しろ、って直美に言われるだけ」
そんなこと言うはずない。茅野に負担をかけて落ち込んでいた。
それを伝えようとしたところで、ダウンコートのポケットの中身が震えだした。
茅野のスマートフォンへの着信は結愛からだった。
茅野は迷わずにその電話に出る。
スピーカーモードにもしていないのに、責めるような結愛の声は夕里の耳にも届いた。
「ごめん。結愛ちゃんとは付き合えない……切るね」
向こう側に吐き出させた後で、茅野は端的にそう告げると何秒か間を置いて通話を切った。
「付き合えない、って……。付き合ってなかったのか?」
「知り合ってから1ヶ月とちょっとしか経ってないし。さすがに早過ぎる」
夕里がのしかかってきて画面が割れなくてよかった、なんて言いながら再びスマートフォンをポケットにしまう茅野を見て、夕里はぽろぽろと涙を溢す。
「いきなり泣いたり、撫でなかったら不機嫌になるしで、本当面白い。夕里」
「もう……やだっ……。……すき。茅野が……好き。他のやつに、とられたくない……っ」
言ったら楽になると思った言葉は、すぐに融点を超えて形を伴わなくなる。
舌足らずに繰り返す「好き」という言葉に、茅野の目元がほんのりと赤く染まる。
「かと思ったらいきなり甘えてくるし。今日どうしたの」
「茅野は……どう思ってるんだよ。俺のこと……」
「夕里は最近俺のこと好きになったみたいだけど。俺のほうがもっと前から好きになってたよ。夕里、俺と違って感情表現が率直で見てて楽しいし。勝手に癒されて好きになってた」
もやもやイコール好きという単純な方程式よりも、複雑な経緯をしたり顔で聞かされて、夕里は目をぱちくりとさせた。でもやっぱり単純だ。
「癒されて好きになるとか単純だな。俺はぬいぐるみか」
ひねた返しに茅野は笑う。
その表情はどこかすっきりしていて、夕里も完全に喉元のつかえが取れた気がした。
意識するともやもやはむずむずに変わって、好きな人がすぐ隣にいるのに急に落ち着かない。
「クリスマスなんだし、せっかくだからデートしよっか。ケーキでも食べに」
「お前の奢りだったらいいよ。で……デート。ついて行ってあげても!」
若干のぎこちなさを引き連れて、茅野と街へ繰り出す。
予約が必須な人気店のケーキはことごとく売り切れで、コンビニのスイーツも全滅。
クリスマスなんて一歩出遅れれば、甘いものが近場から消滅する最悪のイベントだ。
「まあ……明日には元通りにになってるだろうし。落ち込むなよ」
「落ち込んでない! 1日くらい甘いもの食べられなくても平気だし……」
最後に行ったお店はついさっき最後のホールケーキが売り切れたとかで、結局何も買えずに茅野の家へ帰ることになった。
さすがに2回目は受け止めきれない、と深刻そうに言われたので、夕里達は中の階段を使って部屋へ戻った。
「おそーい! 夕にいも舜にいもご飯出来てるよ!」
お腹を空かせている舞が、茅野と夕里の手を取ってテーブルの前へ座らせる。
フライドチキンにポテト、ピザやグラタンが並ぶなかで中央に2つ、白いクリームのホールケーキが用意されていた。
「……え、千里がいる。どういうこと?」
「出かけるって言ったじゃん。……お兄ちゃん、予定ないって言ってたのに、舜君といるんだもん。こっちこそびっくりした」
来た当初は飾りつけなど全くされていなかったのに、夕里達がケーキを買いに行っている間に随分と派手になった。
折り紙を繋ぎ合わせた輪っかや、千里と連と悟の3人で買いに行ったクリスマスブーツが壁に下げられている。