「舞。夕里くんは忙しいんだから今度にしなさい。あんまり困らせちゃダメよ」
「暇してたので大丈夫です。連君と悟君はいないの?」
「お兄ちゃん達出かけちゃって舞1人なの……」
──こんなに可愛い妹を置いて遊びに行くなんて、罪深いお兄ちゃん達だな。
「外はイルミネーションで綺麗だよ。近くまで見に行く?」
「お外は寒いからやだ。本読んで、夕にい」
夕里を上の部屋へ向かわせようと、ぐいぐいと腕を引っ張ってくる。
「おじゃまします」と断りを入れて、夕里は2階の子ども部屋への階段を上がっていった。
4人兄弟共通の部屋は襖で仕切られるようになっている。
見慣れた教科書が本棚に並ぶ机は、長男のものだ。
茅野のスペースを眺めていると、不意に舞に話しかけられてどきりとする。
「舜にい、いつもお勉強してるの。お店終わったらお料理もしてるんだよ」
「料理……?」
「うん! 舞達の朝ご飯つくってくれるの。舜にいの卵焼きとっても美味しいんだよ」
机の上に「お弁当ノート」と記された1冊のノートがあることに気づく。
盗み見するのはいけないと分かっていながらも、本人が不在なのをいいことにぺらぺらと捲る。
どうやらおかずの作り方を記したレシピ本のようで、茅野の字と絵で書かれていた。
意外と絵も上手いんだな、と感心しながら読み進めていると、吹き出しの日付とコメントがあるページに行き着く。
女子みたいなまめさだな、と思いつつ全てに目を通した。
『11月21日 甘い卵焼きは好きだけど、ふろふき大根と鶏のみぞれ煮はいまいち』
『11月22日 かぼちゃコロッケととうもろこしの天ぷらは好み』
12月からは文章ではなくて5つ星で示されている。
どれも夕里の反応通りに記録されていて、気恥ずかしさを覚える。
てっきり残りものを詰めていたと思っていたものが、全部、茅野がつくっていたものだったなんて。
「昨日は結構食べられたからご褒美にさつまいもの甘露煮を入れる……俺は犬かよ」
本人不在のなか、1人突っ込みを入れながら全て読んでしまった。
これはもしかしなくても本人には見られたくないやつだよなぁ、と少々の罪悪感を抱きつつ、ノートを元通りに戻した。
あれは好き、これは嫌いと何気なく我が儘を言っていたのに、それをいちいち真摯に受け止めている茅野に申し訳なさを感じる。
──というか、俺のことめちゃくちゃ考えてくれてるじゃん……。
もやもやしていた気持ちが確信に変わると、もうどうにも止められなかった。
どっどっと早くなる心音に噛み合うように、階段を踏む音が外から聞こえてきた。
「……兄弟いるんだけど」
「……いいじゃん。舜君の部屋行きたい」
はち会わせたら微妙な空気になるな。意外にも頭は冷静だった。
とはいえ隠れられるような場所もなかったので、気づかない振りをしながら舞にせがまれて一緒に本を読んでいた。
外の階段へ繋がる扉を開けたのは結愛だった。
「何で夕里君がいるの」と言いたげな表情で佇んでいた。
「夕里君じゃん……何で」
「わあ……! 綺麗なお姉ちゃんだ!」
ミニスカートと太めの編み目がついた白いニットを着て、いかにも今日のクリスマスデートに気合いを入れてきた結愛は、いきなり舞に飛びつかれて困っている。
後ろからついて来るのは、黒のダウンコートを着た茅野だった。
ここにいることが想定外だったらしく、ただただ驚いているようだ。
今の風景に溶け込めていないのは自分だけだ。
おちゃらけを演じて「付き合ってたのかよー」なんて……今のメンタルじゃ言えない。そもそも、どっちに言えばいいんだよ。
何故か目頭が熱くなってきて、夕里は黙って帰ろうとした。けれど、結愛に先を越されてしまう。
「何か……舜君ってイメージと違った。兄弟とか友達とか、普通こんな日に一緒に呼ばないじゃんっ……」
帰る、と一方的に宣言すると、足元に引っついている舞の手を剥がして出ていった。
弾みで尻餅をついた舞は動転して泣き出すし、自分だってつられて泣いてしまうし散々だった。
「夕にい……どうして泣いてるの……?」
「あれ……分かんない……。舞ちゃんの泣き虫が移っちゃったのかも……」
「えっ……!? そしたら舞泣き止むから! 夕にいも泣くのはやだよう……」
自分の半分くらいの年の女の子に頭を撫でてもらっている、何とも情けない構図。
しかも背後にはデートを中断された憐れな友人もいて。
「舜にいも夕にいのこと撫でてあげてよ。夕にい、私のせいで泣いてるの!」
「ごめん、舞。俺、夕里には撫でるの禁止って言われてるから」
──ああ、そうだったよな。俺から拒絶したんだし。
バカみたいに正直なところがある茅野は、いまだに律儀に俺の言う通りに倣っているのだ。
「暇してたので大丈夫です。連君と悟君はいないの?」
「お兄ちゃん達出かけちゃって舞1人なの……」
──こんなに可愛い妹を置いて遊びに行くなんて、罪深いお兄ちゃん達だな。
「外はイルミネーションで綺麗だよ。近くまで見に行く?」
「お外は寒いからやだ。本読んで、夕にい」
夕里を上の部屋へ向かわせようと、ぐいぐいと腕を引っ張ってくる。
「おじゃまします」と断りを入れて、夕里は2階の子ども部屋への階段を上がっていった。
4人兄弟共通の部屋は襖で仕切られるようになっている。
見慣れた教科書が本棚に並ぶ机は、長男のものだ。
茅野のスペースを眺めていると、不意に舞に話しかけられてどきりとする。
「舜にい、いつもお勉強してるの。お店終わったらお料理もしてるんだよ」
「料理……?」
「うん! 舞達の朝ご飯つくってくれるの。舜にいの卵焼きとっても美味しいんだよ」
机の上に「お弁当ノート」と記された1冊のノートがあることに気づく。
盗み見するのはいけないと分かっていながらも、本人が不在なのをいいことにぺらぺらと捲る。
どうやらおかずの作り方を記したレシピ本のようで、茅野の字と絵で書かれていた。
意外と絵も上手いんだな、と感心しながら読み進めていると、吹き出しの日付とコメントがあるページに行き着く。
女子みたいなまめさだな、と思いつつ全てに目を通した。
『11月21日 甘い卵焼きは好きだけど、ふろふき大根と鶏のみぞれ煮はいまいち』
『11月22日 かぼちゃコロッケととうもろこしの天ぷらは好み』
12月からは文章ではなくて5つ星で示されている。
どれも夕里の反応通りに記録されていて、気恥ずかしさを覚える。
てっきり残りものを詰めていたと思っていたものが、全部、茅野がつくっていたものだったなんて。
「昨日は結構食べられたからご褒美にさつまいもの甘露煮を入れる……俺は犬かよ」
本人不在のなか、1人突っ込みを入れながら全て読んでしまった。
これはもしかしなくても本人には見られたくないやつだよなぁ、と少々の罪悪感を抱きつつ、ノートを元通りに戻した。
あれは好き、これは嫌いと何気なく我が儘を言っていたのに、それをいちいち真摯に受け止めている茅野に申し訳なさを感じる。
──というか、俺のことめちゃくちゃ考えてくれてるじゃん……。
もやもやしていた気持ちが確信に変わると、もうどうにも止められなかった。
どっどっと早くなる心音に噛み合うように、階段を踏む音が外から聞こえてきた。
「……兄弟いるんだけど」
「……いいじゃん。舜君の部屋行きたい」
はち会わせたら微妙な空気になるな。意外にも頭は冷静だった。
とはいえ隠れられるような場所もなかったので、気づかない振りをしながら舞にせがまれて一緒に本を読んでいた。
外の階段へ繋がる扉を開けたのは結愛だった。
「何で夕里君がいるの」と言いたげな表情で佇んでいた。
「夕里君じゃん……何で」
「わあ……! 綺麗なお姉ちゃんだ!」
ミニスカートと太めの編み目がついた白いニットを着て、いかにも今日のクリスマスデートに気合いを入れてきた結愛は、いきなり舞に飛びつかれて困っている。
後ろからついて来るのは、黒のダウンコートを着た茅野だった。
ここにいることが想定外だったらしく、ただただ驚いているようだ。
今の風景に溶け込めていないのは自分だけだ。
おちゃらけを演じて「付き合ってたのかよー」なんて……今のメンタルじゃ言えない。そもそも、どっちに言えばいいんだよ。
何故か目頭が熱くなってきて、夕里は黙って帰ろうとした。けれど、結愛に先を越されてしまう。
「何か……舜君ってイメージと違った。兄弟とか友達とか、普通こんな日に一緒に呼ばないじゃんっ……」
帰る、と一方的に宣言すると、足元に引っついている舞の手を剥がして出ていった。
弾みで尻餅をついた舞は動転して泣き出すし、自分だってつられて泣いてしまうし散々だった。
「夕にい……どうして泣いてるの……?」
「あれ……分かんない……。舞ちゃんの泣き虫が移っちゃったのかも……」
「えっ……!? そしたら舞泣き止むから! 夕にいも泣くのはやだよう……」
自分の半分くらいの年の女の子に頭を撫でてもらっている、何とも情けない構図。
しかも背後にはデートを中断された憐れな友人もいて。
「舜にいも夕にいのこと撫でてあげてよ。夕にい、私のせいで泣いてるの!」
「ごめん、舞。俺、夕里には撫でるの禁止って言われてるから」
──ああ、そうだったよな。俺から拒絶したんだし。
バカみたいに正直なところがある茅野は、いまだに律儀に俺の言う通りに倣っているのだ。