「夕里くん、だよね? すっごく綺麗に染まってるなー、って思って見てた」
ダークブルーにキラキラしたストーンがはまった爪で、夕里の髪に触れる。
いきなり距離を詰められて、夕里はびくりと肩を揺らした。
明らかに異性に慣れていない夕里が面白いのか、くすくすと笑った。
「ね、あたしの名前覚えてる?」
「……ごめん。忘れた」
「ひどーい。結愛だよ、結愛。夕里くんって、意外とぼんやりしてるよね」
気の利いた言い回しも思いつかないまま、正直に告白した。
結愛は特に気にする様子もなく、甘いお菓子をつついている。
トーク力で勝負すると豪語したときの自信は、ぷしゅう、と針を刺したみたいに萎んでしまい、話が続かない。
沈黙が気まずい、ってこういうことを言うんだろうな。
「はい、夕里くん。食べさせてあげる」
「えっ? えと……食べていいの?」
「いいよー。食べて食べて」
結愛はフライドポテトを口元にもってきて、夕里に食べさせようとする。
寺沢と1度遊びに行ったときに摘まみ食いをして、塩辛いものだと分かっているので夕里は食べるのを渋った。
「俺、甘いもの以外は食べられなくて……」
「えぇ? 何それ。あたし、突っ込んだらいいの?」
せっかくのいい雰囲気をぶち壊しにしてしまい、夕里はますます萎縮する。
「甘いものの間に塩辛いもの食べたくならない?」
「……ううん」
「……本当に甘いものだけしか食べないんだ?」
結愛は興味津々になり、身を乗り出して聞いてくる。
茅野に知られたときは感じなかった不安と不快感が、足元から這い寄るみたいにまとわりついて呼吸が速くなる。
空気を上手く読んでいると思い込んでいる寺沢は、当分帰って来そうにもないし、どうしたらいいのか分からなくなった。
「あんまり俺の連れ、いじめないであげてよ」
聞き慣れた声が側で聞こえて、夕里は反射的にその方向を向いた。
──こんなに背丈違ったっけ……?
すぐ隣に座られると、その差をまざまざと見せつけられている気分になる。
あれだけ茅野のことを遊んでいる、と散々な評価をした結愛は、「いじめてないよぉ」と甘ったるい声を出した。
「夕里と何話してたの?」
「あ、聞いてよー。夕里くん、甘いものしか食べられないらしくて! キャラ作り半端ないよねー。ミステリアス男子って感じ?」
ジェンダーレスって聞いたことある。流行りだよね、と結愛は茅野の前でよく喋る。
自分のことなどそっちのけで、急に会話に参加してきた茅野と盛り上がっていた。
「舜くんって遊んでそうだよねー」と、取り巻きに加わらなかった結愛は、わざわざ抜けてやって来た茅野に結局惚れているようだ。
夕里がそうしたかったように、結愛は最近流行りの映画やドラマについて熱心に語る。
「見てないけど、学校で話してるのは聞いたことある」
「すっごく面白いんだよ! ちょっとドロドロした展開も多いんだけど、リアルでいいんだよねー……」
夕里の母親世代をターゲットにしたドラマで、人気の若手俳優が庇護欲溢れる大学生を演じていて、出会う女性を次々に口説き落としていくのだ。
同い年の息子がいるキャリアウーマンに生活費を援助してもらっていたり、誰もが羨むようなモデルを小間使いにしたり、何かとぶっ飛んだ設定のドラマだ。
そんな男がリアルにいたら、ただのヒモでクズな男なんだろうけれど。
「よく見たら舜くん、主人公の男の子に似てるかも……?」
「芸能人に似てるとか言われたことないけどな」
「えぇっ? 意外ー……。というか、歩いてたらスカウトされたりしないの?」
「スカウト? いや、ない。むしろ声かけられて芸能界入るのって本当にあるの」
まるで弾まなかった会話が、茅野が隣に来たことで見事に盛り上がっている。
夕里はといえば置物のように、黙って氷が溶けて薄くなったジュースを、ちびちびとストローで啜っていた。
「夕里は声かけられたりしないの?」
「……はっ? ないってば。嫌みか。何をどうやってそう思ったんだ」
いきなり話題を振られて、声が裏返ってしまう。
素人目でさえもルックスは茅野のほうが優れているのに、どうひっくり返ったらそんな非現実的なことが起きるんだ。
「何で? 夕里のこと可愛いって思ってるよ」
「はぁ……茅野ってそんなに目悪かったっけ」
狼狽えれば茅野の思い通りだし、もちろん結愛の前なので可愛いには賛同しない。
平均よりやや低めの身長と童顔のせいで、お洒落に髪や服を揃えても可愛い止まりだ。
──何か……普通に茅野とは話せてるし。
別に気が合うとかそういう訳じゃない。
イケメンな茅野の苦労なんて全然分からないし、知ってやろうという気もない。
「まあ……夕里くんはどっちかっていうと可愛い系だよね」
仕方なくといった口振りで結愛も、とりあえず茅野の話に乗る。
聞かされているこちらが恥ずかしくなってきて、夕里はとりあえず寺沢に「早く戻ってこい」とメッセージを送った。
「うん、可愛い」と便乗する茅野に、結愛は苦笑いで返す。
女の子を差し置いて男相手に可愛いなんて言う男を悟られないように睨んだ後、夕里はもう一度スマートフォンをちらと見る。
「首尾はどう?」という無遠慮な返事に、アンニュイな表情をしているウサギを送ってやった。
ダークブルーにキラキラしたストーンがはまった爪で、夕里の髪に触れる。
いきなり距離を詰められて、夕里はびくりと肩を揺らした。
明らかに異性に慣れていない夕里が面白いのか、くすくすと笑った。
「ね、あたしの名前覚えてる?」
「……ごめん。忘れた」
「ひどーい。結愛だよ、結愛。夕里くんって、意外とぼんやりしてるよね」
気の利いた言い回しも思いつかないまま、正直に告白した。
結愛は特に気にする様子もなく、甘いお菓子をつついている。
トーク力で勝負すると豪語したときの自信は、ぷしゅう、と針を刺したみたいに萎んでしまい、話が続かない。
沈黙が気まずい、ってこういうことを言うんだろうな。
「はい、夕里くん。食べさせてあげる」
「えっ? えと……食べていいの?」
「いいよー。食べて食べて」
結愛はフライドポテトを口元にもってきて、夕里に食べさせようとする。
寺沢と1度遊びに行ったときに摘まみ食いをして、塩辛いものだと分かっているので夕里は食べるのを渋った。
「俺、甘いもの以外は食べられなくて……」
「えぇ? 何それ。あたし、突っ込んだらいいの?」
せっかくのいい雰囲気をぶち壊しにしてしまい、夕里はますます萎縮する。
「甘いものの間に塩辛いもの食べたくならない?」
「……ううん」
「……本当に甘いものだけしか食べないんだ?」
結愛は興味津々になり、身を乗り出して聞いてくる。
茅野に知られたときは感じなかった不安と不快感が、足元から這い寄るみたいにまとわりついて呼吸が速くなる。
空気を上手く読んでいると思い込んでいる寺沢は、当分帰って来そうにもないし、どうしたらいいのか分からなくなった。
「あんまり俺の連れ、いじめないであげてよ」
聞き慣れた声が側で聞こえて、夕里は反射的にその方向を向いた。
──こんなに背丈違ったっけ……?
すぐ隣に座られると、その差をまざまざと見せつけられている気分になる。
あれだけ茅野のことを遊んでいる、と散々な評価をした結愛は、「いじめてないよぉ」と甘ったるい声を出した。
「夕里と何話してたの?」
「あ、聞いてよー。夕里くん、甘いものしか食べられないらしくて! キャラ作り半端ないよねー。ミステリアス男子って感じ?」
ジェンダーレスって聞いたことある。流行りだよね、と結愛は茅野の前でよく喋る。
自分のことなどそっちのけで、急に会話に参加してきた茅野と盛り上がっていた。
「舜くんって遊んでそうだよねー」と、取り巻きに加わらなかった結愛は、わざわざ抜けてやって来た茅野に結局惚れているようだ。
夕里がそうしたかったように、結愛は最近流行りの映画やドラマについて熱心に語る。
「見てないけど、学校で話してるのは聞いたことある」
「すっごく面白いんだよ! ちょっとドロドロした展開も多いんだけど、リアルでいいんだよねー……」
夕里の母親世代をターゲットにしたドラマで、人気の若手俳優が庇護欲溢れる大学生を演じていて、出会う女性を次々に口説き落としていくのだ。
同い年の息子がいるキャリアウーマンに生活費を援助してもらっていたり、誰もが羨むようなモデルを小間使いにしたり、何かとぶっ飛んだ設定のドラマだ。
そんな男がリアルにいたら、ただのヒモでクズな男なんだろうけれど。
「よく見たら舜くん、主人公の男の子に似てるかも……?」
「芸能人に似てるとか言われたことないけどな」
「えぇっ? 意外ー……。というか、歩いてたらスカウトされたりしないの?」
「スカウト? いや、ない。むしろ声かけられて芸能界入るのって本当にあるの」
まるで弾まなかった会話が、茅野が隣に来たことで見事に盛り上がっている。
夕里はといえば置物のように、黙って氷が溶けて薄くなったジュースを、ちびちびとストローで啜っていた。
「夕里は声かけられたりしないの?」
「……はっ? ないってば。嫌みか。何をどうやってそう思ったんだ」
いきなり話題を振られて、声が裏返ってしまう。
素人目でさえもルックスは茅野のほうが優れているのに、どうひっくり返ったらそんな非現実的なことが起きるんだ。
「何で? 夕里のこと可愛いって思ってるよ」
「はぁ……茅野ってそんなに目悪かったっけ」
狼狽えれば茅野の思い通りだし、もちろん結愛の前なので可愛いには賛同しない。
平均よりやや低めの身長と童顔のせいで、お洒落に髪や服を揃えても可愛い止まりだ。
──何か……普通に茅野とは話せてるし。
別に気が合うとかそういう訳じゃない。
イケメンな茅野の苦労なんて全然分からないし、知ってやろうという気もない。
「まあ……夕里くんはどっちかっていうと可愛い系だよね」
仕方なくといった口振りで結愛も、とりあえず茅野の話に乗る。
聞かされているこちらが恥ずかしくなってきて、夕里はとりあえず寺沢に「早く戻ってこい」とメッセージを送った。
「うん、可愛い」と便乗する茅野に、結愛は苦笑いで返す。
女の子を差し置いて男相手に可愛いなんて言う男を悟られないように睨んだ後、夕里はもう一度スマートフォンをちらと見る。
「首尾はどう?」という無遠慮な返事に、アンニュイな表情をしているウサギを送ってやった。