午後6時あたりは子供をもつ主婦の来客が多いため、その中にいる制服を着た男子高校生はとにかく目立つ。

2度目のときにはもう顔を覚えられていて、「舜のお友達?」と聞かれて「はい」と言ったら、それきり頻繁に話しかけられるようになったのだ。

「……何か、いつもいろいろともらってすみません」

「夕里くんは気にしなくていいのよぉ。お母さん、お仕事で大変なのよね。食べ盛りなんだから、たくさん食べて舜くらい大きくならないと。……あ、でもそのままでも可愛いわ! 大きいより愛嬌のほうが大事よね!」

密かに気にしている身長が低いコンプレックスをつつかれて、夕里はあからさまに傷ついた顔をする。

直美は慌てて自分の言った台詞にいろいろとつけ足すも、夕里は沈んだままだった。

「舜なんて身体だけ大きいだけなんだからー。夕里くんは可愛いままで育ってね」

身長が高いというのはモテるという点に置いて、重大な要素なのだ。

直美の台詞には茅野のような嫌みや憎たらしさが込められていないだけに、湧いてくる悲しみは口に出して発散出来なくて、不完全燃焼のままだ。

かやのやを出るともう日は完全に落ちていて、街灯がぽつぽつと道の端を照らしていた。

学校を挟んで、夕里と茅野の家は駅6個分開いている。

小中校は地区が分かれていたのでバラバラで、でもそれほど遠くもない距離。

夕里の通う高校はレベルは決して低くなく、進学先にはテレビで聞いたことのある有名大学がパンフレットの最後に連ねられている。

夕里の住んでいる地区の、ある程度偏差値が高い公立の高校では、校則が緩めになるのが特徴だ。

髪染め、アルバイト、携帯の所持、自由な服装……全てが許可されて、家から通える高校は片手で数えるほどだ。

──いやぁ……あの頃は本当、必死だったな、俺。一生分の勉強時間を高校受験に捧げたかもしれない。

ほんの2年前の受験勉強時代が、もっと昔のことのように思えてきて、夕里は夜空を見上げながら懐かしむ。

ほぼ毎日、夜遅くまで塾へ通い、家に帰れば夜食と称してシュークリームやチョコレートを食べながら夜更けまで勉強をしていた。

校則の緩い高校への入学を果たした後は、燃え尽き症候群とやらで全く勉強に身が入らなくなった。

高校入学なんてあっという間で、もう今は高校2年生の11月。

早い人は大学進学を考え始めていて、休み時間を勉強にあてている光景がちらほらと現れている。

クリスマスやら年越しのイベントで浮かれていられるのも、今年で最後だ。


──今年こそは……! 絶対に彼女と一緒に過ごす!


日頃から寺沢や茅野とつるんでいると、女子の目が全て2人に分散していっている気がしてならない。

告白をした回数もされた回数もゼロ。

とにかく生まれに恵まれたイケメン達に勝つためには、それよりも目立つことが大事だと実践した結果、派手な服装と髪色に行き着いて、今や女子の目というよりは生活指導の担任の注目を集めている。

マスコットキャラから脱却するために、夕里は寺沢にとある相談を持ちかけた。



× × ×



「おねがい、お願いっ。お願いしますっ! 可愛い女の子紹介して……!」

「いきなりどうしたの、ゆうちゃん。そんなに切羽詰まって」

「俺だって青春したい……! 彼女と一緒に放課後デートでスイーツ店巡りして甘いもの食べさせ合いっこしたい」

何かゆうちゃんって今時の女の子より乙女だよね、と寺沢は訳の分からないことを呟きながら、スマートフォンをしきりに操作している。

「もー……聞いてんの。お前にしか頼めないから頼んでるんだけど?」

耳に並ぶじゃらじゃらしたアクセサリーを、指でつんと弾いたり引っ掻いたりしていると、寺沢は「ゆうちゃんね……」と地を這うような低い声を出した。

人にものを頼む態度ではないし、さすがに痛かったかと夕里は反省して急にしおらしくなる。

「ゆうちゃんって時々危ういよね。いろいろと大丈夫? ちゃんと生きていける?」

千里がたまに思いついたように言う台詞と重なって、夕里はむっとした。

「は、はぁ? 何だそれ。誰目線だよ。米なら最近1人で炊けるようになったぞ」

「え……むしろ、今まで炊けなかったの。スイッチ押すだけでしょ」


──俺の周りには米を炊ける男しかいないのか!?
スイッチを押すだけって……その前の工程は語るまでもないってことなのか!?


家事力の高い男しかいない事実に軽いショックを受けながらも、さっきからスマートフォンを弄っている寺沢に何とかしてと頼み込む。

「女の子何人くらい呼べばいいの? 男女比は同じくらいでいいよね」

「えっ、え? 俺が決めるの?」

「言い出したのはゆうちゃんでしょ。俺が勝手に決めて、後でゆうちゃんにいろいろ言われるの嫌だよ」

指でぽちぽちとメッセージと送っただけで人を集められる、寺沢の顔の広さに驚かされる。

男女で遊ぶときの暗黙のルールには疎いため、経験のある寺沢の裁量に任せることにした。

「適当に決めて」と言う度に、寺沢は「後で俺のせいにしないでね」と保険をかけてくる。