「本当に格好いいわねぇ、舜くん。直美さん、うちの息子と交換してくれないかしら!?」

「高校生でお家のお手伝いしているなんて偉いわ。親孝行な息子さんねぇ」

手を握られたりいろんなところを撫でられて、普段人付き合いに長けている茅野でさえも苦笑いを浮かべている。

夕里とうっかり目が合うと、すぐにあちらから逸らされてしまった。

長めの後ろ髪はゴムで1つに纏められていて、いつもは隠れている首筋が赤くなっていた。

茅野は四方から飛んでくる惣菜やお弁当のオーダーを1人ずつ捌いては、レジ担当の直美にパック詰めしたものを渡す。

やっぱりイケメンだと年齢問わずちやほやされるんだなー、と端から見て感心する。

顔がよくても苦労するところは苦労するんだな、と夕里はなけなしの同情とエールを送った。

「ねえねえ、舜くん。子供の夜食にお勧めのやつ、ない? うちの子受験生でねー。こそこそカップ麺ばかり食べるから栄養偏らないか心配で」

「ご指名みたいよ、舜。ご案内してあげて」

はいはい、と適当な返事をしては、また直美に今度は尻を叩かれている。

「んー……夜食にするなら鶏のつくねがいいと思う。うちのはたま素と山芋をつなぎに使ってるから、柔らかくて美味しいよ」

敬語を使わずに話すと、案の定接客について叱られている。

鶏のつくねは数種類あって、味のついていないだろうプレーンのものと、照りがついていてすでに甘辛い味のついているものがあった。

白ねぎと生姜とを一緒に煮込めば、簡単に身体が温まる中華スープが出来る、と茅野は続ける。

それが美味しいのかどうかは分からないけれど、料理の話をする茅野は楽しそうに笑っていた。


──俺には甘いか甘くないか、くらいしか教えてくれないのに。


旬のものとかレシピとか、話されても多分「ふぅん」としか返せないし、会話を盛り上げる自信もない。

学校の同級生の自分よりも、ちょっと声をかけられただけですぐに打ち解けて素に戻って会話に花咲かせるとか。

決して嫉妬なんかじゃなくて、少し面白くなくてたまたま虫の居所が悪いだけ。

とにかく胸のつっかかりのせいで、茅野の顔をまともに見られないし、何か思ってもみないようなことを口走りそうだ。

茅野の勧めたものと他にも数種類かを買っていたお客を見送った後で、茅野のターゲットは夕里に移る。

「で、夕里は何を買いに来たの? 卵焼き? すり身の揚げ物も美味しいよ」

「……今日の夕ご飯を買いに来た。俺と千里と母さんの分」

「それならお弁当にしなよ。俺が選んだやつ詰めてあげる」

「千里が家で米炊いてるから、惣菜だけでいいよ」

常連客のような会話を交わしながら、夕里もお勧めを聞いてみた。

休憩中の呼び出しで不機嫌になっているかと思いきや、案外丁寧に接客してくれる。

「夕里は米炊けるようになった?」

「当たり前だろ。カップで測ってその分の水入れるだけじゃん。教えてもらったら誰でも出来るし」

水の分量を間違えてしまって、何度か炊飯器の中でお粥になっていたのは秘密だ。

その度に千里には呆れられて「バカ兄貴は算数も出来ないの?」となじられている。

夕里が家事に関わると、1週間に1回くらいはとんでもない失敗してしまう。

それでも千里は「何もしてくれないほうが楽」とは言わなくなった。

「……え、何これ。頼んでないけど」

他のお客の分を間違えたのだろうかと思い呟くも、茅野は「内緒」と指を立てて片目を瞑った。

けれど、直美にすぐに見つかってしまい、「何やってるの」と茅野を咎めた。

「夕里くんには私がサービスするんだから! ……これね、よかったら家族で食べてね」

「えっ、え? いや、払いますよ。俺」

「おばさんが趣味でつくってるものだからいいのよぉ。形も不恰好だし、お店には到底並べられないものだけど……。あっ、失敗したって訳じゃないから味はすごく美味しいのよ」

綺麗な山吹色をしているスイートポテトは、焼いている途中で少し中身が弾けて飛び出したのか、ところどころ割れていたりする。

手作り感があって、これはこれで売り場にあれば買う人もいるのではないかと思った。

「ちょうどさつまいもが余ってたから、子供のおやつでつくったの。いつもは大学芋か蒸しケーキにするんだけど」

「同じようなやつばっかりで飽きるんだよなぁ……」

余計な小言を挟む茅野が、また直美に小突かれている。

手作りのお菓子なんてつくってもらったことがないから、嬉しい。

今はすぐ駅前や街に出掛ければ、ちょっとしたスイーツはお金を払えば手に入る。

夕里の母親も時間はもて余したお金で買うタイプなので、わざわざ手間のかかるお菓子作りなんて絶対にしない。

千里が忙しいときは、こうして夕里が買い物や家の掃除の役を買ってでていて、週に1、2回はかやのやの惣菜で夕ご飯をまかなっている。