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それから茅野が毎日休みなく夕里のために、お弁当を持ってくるようになった。

中身は数日おきのローテーションかと思いきや、おかずが被る日のほうが珍しい。

夕里が美味しいと完食したものが半分くらいと、食べられなくはないものと全く箸をつけていないものとの4分の1ずつが、2段弁当の中に入っている。

いらない、と突っぱねても懲りずに持ってきて、菓子パンを取り上げられるため、夕里は仕方なくかやのやの惣菜が詰まったお弁当を食べていた。


──というか、これ、新手のいじめじゃないのか……?


端から見れば1個100数円の菓子パンが、ワンコイン以上のお弁当と交換されるのだから、羨ましいかぎりなんだろうが、糖分をがつんと補給出来ないのはなかなかに辛い。

親切の押しつけに等しいが、ついつい目新しいおかずが入っていると口にしてしまう。

申し訳なさも心の隅に引っ掛かって、夕里は週に何度かかやのやを訪れては家族3人分の夕ご飯をちゃんとお金を出して買っている。

「あら夕里くん、いらっしゃい。こんばんは」

「こ、こんばんは……」

割烹着をつけた茅野のお母さんが、ピンク色の頭を見つけては声をかける。

夕里の母親のように服装もメイクも華美ではなく、かやのやの内装によくマッチングしていて柔らかな雰囲気の女性だ。

周りをぐるりと見渡して、茅野の姿が見えないことにほっとしていると、不意に声をかけられる。

「ごめんねぇ。舜なら上で宿題をしているの。夕里くんが来た、って呼んでこようかしら?」

「い……いえ! そんな気を遣ってもらわなくても大丈夫です! 全然、大丈夫です!」

夕里の慌てぶりに直美は上品さを崩さないまま、ふふふ、と笑う。

「あらあら。舜と同じ高校の女の子にそう声をかけたときも、夕里くんと同じ反応をするのよ。たまたま降りてきた舜と鉢合わせたら、皆悲鳴を上げて逃げちゃうの」

直美は実の息子目当てで、女子高生の客層が増えているとは微塵も思っていないようだ。

「あの子に聞いても知らない、って私に何も言わなくてねぇ。人様にはご迷惑をかけないように育てたつもりなんだけど……夕里くん、学校での舜はどんな感じなの? 女の子に意地悪なんてしてないでしょうね」


──いやぁ……それはそれは俺達男子の嫉妬を、茅野は一手に受けていますよ。彼氏にしたい男子なら、8割……いや9割の女子が茅野の名前を挙げるくらいには人気です。


おどけた台詞も何だか口を出る前に悲しくなって、出てこない。

多分、茅野のほうも好意を抱かれていることには気付いているだろうが、思春期やら彼を取り巻く噂やらで、恥ずかしくて親には……特に母親の直美には尚更言いにくいのだろう。

「……まあ、違う意味で女の子泣かせてるかも。学年一……学校一でモテてるし」

「えぇっ。舜が……? 夕里くん面白いこと言うのねぇ」

ばしばしと肩を遠慮なしに叩いてくるので、おっとりとした口調と佇まいにすっかり慣れていた夕里は、目を白黒させる。

「お客様には“息子さんイケメンで羨ましいわ”なんて言われるのだけど、全然そんなことないのよー。若い男の子ってほら……何かとちやほやされるじゃない? 格好いいなんて言われている今が華ね」

息子がイケメンだという事実を何故か頑なに認めようとしない直美は、同年代の女性にまた茅野の居場所を聞かれていた。

「息子さんを見られるならもう1つ買おうかしらっ」
「すぐに呼んでくるから少し待っててもらえる!?」


──う、嘘だろ!? 本当に呼ぶの!?


退店しようかとも悩んだが、忽然として消えたなら印象も悪くなると思い、夕里は留まった。

それに千里に夕ご飯を買ってくるとメッセージを送った手前、手ぶらで帰る訳にはいかないし、適当に近くのスーパーにでもよって代わりのものを買ってこようものなら、しばらくは口を聞いてもらえなくなさそうだ。

たったっと外の階段を下る音が大きくなってきて、それと同じように夕里の胸も跳ねる。

「忙しくなったの……って。全然混んでないんだけど」

ぶつぶつ言いながらお客の前で身支度を整える茅野の背を、いつもおっとりしている直美がぴしゃりと叩いた。

「もう! お客様の前で着替えないの! 失礼でしょう!」

直美と同じかやのやの仕事着である、えんじ色のちりめん生地をインナーの上から羽織るようにして着る。

前合わせの部分がすでに縫われており、手間をかけなくてもきっちりとした和服のような装いになる。

制服じゃない姿に夕里はしばらくぼーっと見入っていた。

「いいのよー。息子さんの生着替えをお目にかかれて幸せだわ……」

夕里の目には見えないのだが、茅野は何か特別なイオンでも出しているのだろうか。

ちょうど夕ご飯の買い物で来店した主婦達が、茅野の周りを一斉に囲んでいる。夕里が知るにこの年代の女性は、1番コミュニケーション能力が高い……というよりは、押しがとにかく強い。