「なあ、俺って別に可愛くはないよな?」
「え、何。ゆうちゃん、その格好可愛い目当てでしてるんじゃなかったの?」
「はぁ? 決めつけんな、バカ」
やけにピリピリしている夕里は、後日、クラスで1番仲のいい寺沢に、茅野との一件を相談した。
──『すっごく意識してくれてるじゃん』
悔しいけど認める。……そうだよ、意識するに決まってる。家族のことも、話したのは茅野だけだし。
茅野の思い通りになっているのが腹立たしくなって、夕里は思わず舌打ちする。
周りはすでに昼休憩に入っており、夕里達のように談笑しながらお弁当を拡げ始めていた。
夕里も午前中に購買で買ってきた、メロンパンの袋を開けようとする。
「こら。甘いものばっかり食べるなよ」
後ろからひょいとメロンパンを没収されて、夕里の目の前にはタータンチェックのお弁当袋が置かれた。
「え……俺のメロンパンは?」
「夕里はしばらく甘いもの禁止だから」
隣にはくまのアップリケが縫いつけられている、何だかどこかで見たことのあるお弁当袋がいつの間にかそこにあった。
「ゆうちゃんに愛妻弁当つくってあげたの? やるじゃん、舜」
ひゅう、と寺沢はペアになっているお弁当を見て、2人をからかう。
メロンパンはどこかへ消滅したし、代わりにお弁当箱が急に現れるし、顔を合わせたくないやつがすぐ隣にいるしで。
「か、か……茅野っ!? な……何でここに!?」
「何でって。夕里が偏食しないように見張りに」
さも平然と言ってのける茅野に、夕里はだらだらと冷や汗を流している。
椅子から転げ落ちそうな勢いで動揺する夕里に、「どうしたの」と寺沢の気遣い半分、興味半分の声が振ってくる。
「な、な、何でもないけどー……? というか、偏食してないし。10日ぶりのメロンパンだぞ」
購買で1番人気のメロンパンは、中に生クリームがたっぷりと入っていて恐ろしいカロリーになっている。
友達同士で分け合うのが前提の特大サイズを、夕里は昼休み中に全てたいらげてしまうのだ。
「ゆうちゃんは毎日菓子パンローテーションしてるもんね。昨日はチョココロネで、一昨日はラスクだっけ」
「はあ……聞いてるだけで胃もたれしそう」
菓子パンのローテーションを偏食じゃない、と言い張る夕里に、茅野はげんなりして溜め息をついた。
クリームだけでなく生地にもたっぷりと練り込まれた砂糖に、人工的につくられた甘味料に夕里はすっかり依存している。
「菓子パンより、俺の持ってきたお弁当食べなよ」
「いらない。今日はメロンパンの気分だし」
茅野の隙をついてメロンパンを取り返そうとするも、わずかな差で見破られてしまい、ひょいといとも簡単に夕里より高い位置に上げられてしまう。
にやりと笑う茅野に、メロンパンの気分を台無しにされた。
「夕里の好きなさつまいもの甘露煮、中に入ってるよ」
「う……」
夕里の大好物の食べものの名前を出されると、夕里はぴたりと制止する。
形が崩れない程度に甘辛く煮たさつまいもは、ちょっぴりレモンの果汁が利いていて癖になる味だ。
──餌付けされてるみたい……。
寺沢みたいに「食べるー!」と飛びつくのは柄に合ってないし、かといってかやのやの惣菜を諦めるのかといえば、話は別だ。
「しっ、しょうがないから食べてあげてもいいけど……?」
──うわー……何だそれ。さすがにそれはなくないか?
ごちそうになる分際でかなり上から目線の台詞に、自分自身でも引いてしまう。
「ゆうちゃんが嫌々なら俺が代わりに食べるよ。舜の家のお弁当好きー」
寺沢の持参したお弁当はもうほとんど空箱になっていて、さらに茅野の持ってきたものに手をつけようとしている。
葛藤している間に、2段のお弁当は寺沢の手に渡ってしまう。
「朝日はダメ。これはお得意様用だから。食べたいならかやのやで買っていってね」
「うわー……さすが跡取り息子。ちゃっかり宣伝しやがって。試食だけでもいいじゃん」
「店はうちだけだし跡取りっていうほどでもないけどな。今日のは夕里の分だからダメ」
夕里のことをお得意様だと茅野は呼ぶけれど、実際にお金は払った試しがないので、かやのやの利益には入っていない。
茅野の兄妹の面倒を見ただけで売り物の惣菜を食べさせてもらったのだから、むしろトータル的にはマイナスだと思う。
「や……俺、甘いものしか食べないよ?」
「そんなんじゃ栄養偏って身体によくないだろ。甘めには味つけしてあるし、食べ物自体も甘味があるから」
茅野にそう言われながら、少し歪な形のだし巻きを勧められる。
──ああ、なるほど。形が崩れてて売り物にならなかったやつを、持ってきたって訳か。
跡取り息子は抜かりなくて、夕里をリピーターに引き込もうとしている。
でも実際、息子の手を借りなければいけないくらい繁盛しているということもあって、惣菜はどれも美味しい。
恐る恐るだし巻きの端を崩して、ご飯粒数粒くらいの塊を口に入れた。
以前、寺沢の家のだし巻きを摘まみ食いしたときに、すごく塩辛かったのを覚えている。
普通の人が食べれば普通の味なんだろうけれど、長い間甘い味に慣らされた味覚には強烈だった。
「え、何。ゆうちゃん、その格好可愛い目当てでしてるんじゃなかったの?」
「はぁ? 決めつけんな、バカ」
やけにピリピリしている夕里は、後日、クラスで1番仲のいい寺沢に、茅野との一件を相談した。
──『すっごく意識してくれてるじゃん』
悔しいけど認める。……そうだよ、意識するに決まってる。家族のことも、話したのは茅野だけだし。
茅野の思い通りになっているのが腹立たしくなって、夕里は思わず舌打ちする。
周りはすでに昼休憩に入っており、夕里達のように談笑しながらお弁当を拡げ始めていた。
夕里も午前中に購買で買ってきた、メロンパンの袋を開けようとする。
「こら。甘いものばっかり食べるなよ」
後ろからひょいとメロンパンを没収されて、夕里の目の前にはタータンチェックのお弁当袋が置かれた。
「え……俺のメロンパンは?」
「夕里はしばらく甘いもの禁止だから」
隣にはくまのアップリケが縫いつけられている、何だかどこかで見たことのあるお弁当袋がいつの間にかそこにあった。
「ゆうちゃんに愛妻弁当つくってあげたの? やるじゃん、舜」
ひゅう、と寺沢はペアになっているお弁当を見て、2人をからかう。
メロンパンはどこかへ消滅したし、代わりにお弁当箱が急に現れるし、顔を合わせたくないやつがすぐ隣にいるしで。
「か、か……茅野っ!? な……何でここに!?」
「何でって。夕里が偏食しないように見張りに」
さも平然と言ってのける茅野に、夕里はだらだらと冷や汗を流している。
椅子から転げ落ちそうな勢いで動揺する夕里に、「どうしたの」と寺沢の気遣い半分、興味半分の声が振ってくる。
「な、な、何でもないけどー……? というか、偏食してないし。10日ぶりのメロンパンだぞ」
購買で1番人気のメロンパンは、中に生クリームがたっぷりと入っていて恐ろしいカロリーになっている。
友達同士で分け合うのが前提の特大サイズを、夕里は昼休み中に全てたいらげてしまうのだ。
「ゆうちゃんは毎日菓子パンローテーションしてるもんね。昨日はチョココロネで、一昨日はラスクだっけ」
「はあ……聞いてるだけで胃もたれしそう」
菓子パンのローテーションを偏食じゃない、と言い張る夕里に、茅野はげんなりして溜め息をついた。
クリームだけでなく生地にもたっぷりと練り込まれた砂糖に、人工的につくられた甘味料に夕里はすっかり依存している。
「菓子パンより、俺の持ってきたお弁当食べなよ」
「いらない。今日はメロンパンの気分だし」
茅野の隙をついてメロンパンを取り返そうとするも、わずかな差で見破られてしまい、ひょいといとも簡単に夕里より高い位置に上げられてしまう。
にやりと笑う茅野に、メロンパンの気分を台無しにされた。
「夕里の好きなさつまいもの甘露煮、中に入ってるよ」
「う……」
夕里の大好物の食べものの名前を出されると、夕里はぴたりと制止する。
形が崩れない程度に甘辛く煮たさつまいもは、ちょっぴりレモンの果汁が利いていて癖になる味だ。
──餌付けされてるみたい……。
寺沢みたいに「食べるー!」と飛びつくのは柄に合ってないし、かといってかやのやの惣菜を諦めるのかといえば、話は別だ。
「しっ、しょうがないから食べてあげてもいいけど……?」
──うわー……何だそれ。さすがにそれはなくないか?
ごちそうになる分際でかなり上から目線の台詞に、自分自身でも引いてしまう。
「ゆうちゃんが嫌々なら俺が代わりに食べるよ。舜の家のお弁当好きー」
寺沢の持参したお弁当はもうほとんど空箱になっていて、さらに茅野の持ってきたものに手をつけようとしている。
葛藤している間に、2段のお弁当は寺沢の手に渡ってしまう。
「朝日はダメ。これはお得意様用だから。食べたいならかやのやで買っていってね」
「うわー……さすが跡取り息子。ちゃっかり宣伝しやがって。試食だけでもいいじゃん」
「店はうちだけだし跡取りっていうほどでもないけどな。今日のは夕里の分だからダメ」
夕里のことをお得意様だと茅野は呼ぶけれど、実際にお金は払った試しがないので、かやのやの利益には入っていない。
茅野の兄妹の面倒を見ただけで売り物の惣菜を食べさせてもらったのだから、むしろトータル的にはマイナスだと思う。
「や……俺、甘いものしか食べないよ?」
「そんなんじゃ栄養偏って身体によくないだろ。甘めには味つけしてあるし、食べ物自体も甘味があるから」
茅野にそう言われながら、少し歪な形のだし巻きを勧められる。
──ああ、なるほど。形が崩れてて売り物にならなかったやつを、持ってきたって訳か。
跡取り息子は抜かりなくて、夕里をリピーターに引き込もうとしている。
でも実際、息子の手を借りなければいけないくらい繁盛しているということもあって、惣菜はどれも美味しい。
恐る恐るだし巻きの端を崩して、ご飯粒数粒くらいの塊を口に入れた。
以前、寺沢の家のだし巻きを摘まみ食いしたときに、すごく塩辛かったのを覚えている。
普通の人が食べれば普通の味なんだろうけれど、長い間甘い味に慣らされた味覚には強烈だった。