「あーまた、好き嫌いしてる。甘いもの以外もちゃんと食べてよね。栄養偏ってるから頭働かないんだよ」
「ブドウ糖はそのまま吸収されて脳で働くから、効率がいいんだって理科の授業で習ったんだけど?」
たまたま興味があって聞いていた単元から、なけなしの知識を引っ張り出す。
きっちり予習を済ませている千里はもちろん学習済みなので、特に驚きもせずふーんと流した。
漂っていた甘い匂いの正体は、コーンとバターを入れて炊いていたピラフだった。
隣に半熟でふわふわのオムレツを添えると、洋風のプレートが完成する。
夕里の数少ない大好物のうちの1つだ。
3人が食卓についたタイミングで「いただきます」と声を合わせる。
牛乳をくわえてあるオムレツは夕里好みの半熟で、舌触りもなめらかだ。
「舜君どう? 口に合うかな」
「ちょっと甘い気もするけど、すごくうまいよ」
「よかったぁ。お兄ちゃんの味覚に合わせてるから、他の人に振る舞う自信なかったんだけど……」
「じゃあ、俺用と普通の味つけで2通りつくればいいじゃん」
毎日の炊事の苦労など1ミリも知らない夕里が口を挟むと、「それは無理でしょ」と一蹴された。
茅野も同意見らしくしきりに頷いている。
「つくる手間も2倍になるし、洗いものも2倍なんだよ!? お兄ちゃんが手伝ってくれるならいいけどさ」
「夕里はご飯が何もしなくてもぽんと出来ると思ってんの?」
捲し立てるような反論で叩かれて、夕里はごめんなさいと謝る他ない。
実家の手伝いをしている茅野も、千里の側について失言をなじられる。
2対1の劣勢に立たされて、夕里は言い返す余地もないので、黙って食事を続ける。
何気なく食べているバターの溶けたオムレツと、エビなどの具がたくさん入っているピラフにどれだけの時間と労力がかけられているのか想像も及ばない。
「だって千里みたいに要領よくないし、今さら料理なんて覚えられないし」
「せめて食べ終わった食器を流し台まで運んでくれたり、買いものを手伝ってくれたりするだけでも、俺、すっごく助かるんだけど」
「……本当にそんなんでいいの?」
改心しようとしている夕里の言葉を聞いて、千里は胸をじーんとうたれている。
「夕里……今まで全部を弟くんに任せてたの?」
「……だって、俺はこういうの向いてないし」
──茅野の目には健気な弟に見えるかもしれないけれど、普段は可愛いげのない反抗期真っ盛りの中学生なんだからな!
もちろん何か手伝おうか、と気にかけた回数は一度や二度ではない。
「バカ兄貴は何もしてくれないほうがこっちも楽だから」と無慈悲な言葉で断られた出来事は忘れられない。
その台詞を棚に上げて茅野の同情を買おうとしているのは腑に落ちないところもあるが、全面的に自分が悪いと分かっているのだ。
食べ終わった後の食器を流し台まで運んでいき、夕里も後片付けをきちんと手伝った。
洗ったばかりの皿を布巾を使って全て拭き終えると、夕里はエプロンをソファに投げて茅野の隣へ座る。
「お疲れさま。本当に手伝わなくてよかった?」
「お客なんだし気遣わなくていーよ」
茅野の実家は和風な造りになっていたので、普段から床に座るほうが落ち着くのだろう。
1人だけ高い位置でソファを占領するのもなぁ、と思いつつ、友達よりは少し遠い距離の場所で膝を立てる。
携帯の中身は、チェックしておきたい新作のスイーツの情報ばかりが新着で届いている。
画面を光らせるけれど、後で見ればいいかという気分になっていて、画面が独りでに暗くならないように指で上下につーっとなぞるだけだ。
「何? 褒めて欲しいの? 頑張ったね、よしよし」
「は、はぁ!? 一言もそんなの言ってないけど!?」
「なーんか寂しそうな顔してたから。構いたくなるだろ」
──寂しそうな顔ってどんな顔だよ。
ずっと親が帰ってこない家で1人で留守番しているときみたいな、不安定で懐かしい気持ち。
そんな閉じていた過去の片鱗が少し剥がれて、ふうっと浅い息を吐いた。
──何で……何で、俺の隙間にこんなにもぴったり入ってくんの。
髪をかき混ぜる手につい頼ってしまう。温かくて大きな手。
もっと、と頭を擦り寄せると、それに応えるようにしてもっと強く撫でてくれる。
意地を張る気力も削がれ、夕里は友達以上に離れた距離を縮めて、体重を預ける。
「甘えてるの? 可愛いね。毎回こんなふうにデレてくれたらいいのに」
「別にデレてないし……もたれかかってるだけ」
「素直じゃないなぁ。本当可愛い」
どうせ女の子なら誰にでも言っているくせに。
何にでも使える敷居の低い「可愛い」は無味で嫌いだ。
ぷいっとそっぽを向く夕里の頬を、指で軽く撫でてから離れていく。
覚え違いでなければ、そこは茅野の唇が触れた場所だった。
「そろそろ帰ろうかな。ちび達も寂しがってる頃だろうし」
ちび達というのは多分、茅野の弟と妹のことだろう。寄りかかっていた体温が離れていって、針が振れるみたいに不安定になる。
家族を話に出されると、もうちょっとゆっくりしていけば、とも言えなくなる。
家族の欠けた寂しさは、自分が1番よく分かっているから。
「ブドウ糖はそのまま吸収されて脳で働くから、効率がいいんだって理科の授業で習ったんだけど?」
たまたま興味があって聞いていた単元から、なけなしの知識を引っ張り出す。
きっちり予習を済ませている千里はもちろん学習済みなので、特に驚きもせずふーんと流した。
漂っていた甘い匂いの正体は、コーンとバターを入れて炊いていたピラフだった。
隣に半熟でふわふわのオムレツを添えると、洋風のプレートが完成する。
夕里の数少ない大好物のうちの1つだ。
3人が食卓についたタイミングで「いただきます」と声を合わせる。
牛乳をくわえてあるオムレツは夕里好みの半熟で、舌触りもなめらかだ。
「舜君どう? 口に合うかな」
「ちょっと甘い気もするけど、すごくうまいよ」
「よかったぁ。お兄ちゃんの味覚に合わせてるから、他の人に振る舞う自信なかったんだけど……」
「じゃあ、俺用と普通の味つけで2通りつくればいいじゃん」
毎日の炊事の苦労など1ミリも知らない夕里が口を挟むと、「それは無理でしょ」と一蹴された。
茅野も同意見らしくしきりに頷いている。
「つくる手間も2倍になるし、洗いものも2倍なんだよ!? お兄ちゃんが手伝ってくれるならいいけどさ」
「夕里はご飯が何もしなくてもぽんと出来ると思ってんの?」
捲し立てるような反論で叩かれて、夕里はごめんなさいと謝る他ない。
実家の手伝いをしている茅野も、千里の側について失言をなじられる。
2対1の劣勢に立たされて、夕里は言い返す余地もないので、黙って食事を続ける。
何気なく食べているバターの溶けたオムレツと、エビなどの具がたくさん入っているピラフにどれだけの時間と労力がかけられているのか想像も及ばない。
「だって千里みたいに要領よくないし、今さら料理なんて覚えられないし」
「せめて食べ終わった食器を流し台まで運んでくれたり、買いものを手伝ってくれたりするだけでも、俺、すっごく助かるんだけど」
「……本当にそんなんでいいの?」
改心しようとしている夕里の言葉を聞いて、千里は胸をじーんとうたれている。
「夕里……今まで全部を弟くんに任せてたの?」
「……だって、俺はこういうの向いてないし」
──茅野の目には健気な弟に見えるかもしれないけれど、普段は可愛いげのない反抗期真っ盛りの中学生なんだからな!
もちろん何か手伝おうか、と気にかけた回数は一度や二度ではない。
「バカ兄貴は何もしてくれないほうがこっちも楽だから」と無慈悲な言葉で断られた出来事は忘れられない。
その台詞を棚に上げて茅野の同情を買おうとしているのは腑に落ちないところもあるが、全面的に自分が悪いと分かっているのだ。
食べ終わった後の食器を流し台まで運んでいき、夕里も後片付けをきちんと手伝った。
洗ったばかりの皿を布巾を使って全て拭き終えると、夕里はエプロンをソファに投げて茅野の隣へ座る。
「お疲れさま。本当に手伝わなくてよかった?」
「お客なんだし気遣わなくていーよ」
茅野の実家は和風な造りになっていたので、普段から床に座るほうが落ち着くのだろう。
1人だけ高い位置でソファを占領するのもなぁ、と思いつつ、友達よりは少し遠い距離の場所で膝を立てる。
携帯の中身は、チェックしておきたい新作のスイーツの情報ばかりが新着で届いている。
画面を光らせるけれど、後で見ればいいかという気分になっていて、画面が独りでに暗くならないように指で上下につーっとなぞるだけだ。
「何? 褒めて欲しいの? 頑張ったね、よしよし」
「は、はぁ!? 一言もそんなの言ってないけど!?」
「なーんか寂しそうな顔してたから。構いたくなるだろ」
──寂しそうな顔ってどんな顔だよ。
ずっと親が帰ってこない家で1人で留守番しているときみたいな、不安定で懐かしい気持ち。
そんな閉じていた過去の片鱗が少し剥がれて、ふうっと浅い息を吐いた。
──何で……何で、俺の隙間にこんなにもぴったり入ってくんの。
髪をかき混ぜる手につい頼ってしまう。温かくて大きな手。
もっと、と頭を擦り寄せると、それに応えるようにしてもっと強く撫でてくれる。
意地を張る気力も削がれ、夕里は友達以上に離れた距離を縮めて、体重を預ける。
「甘えてるの? 可愛いね。毎回こんなふうにデレてくれたらいいのに」
「別にデレてないし……もたれかかってるだけ」
「素直じゃないなぁ。本当可愛い」
どうせ女の子なら誰にでも言っているくせに。
何にでも使える敷居の低い「可愛い」は無味で嫌いだ。
ぷいっとそっぽを向く夕里の頬を、指で軽く撫でてから離れていく。
覚え違いでなければ、そこは茅野の唇が触れた場所だった。
「そろそろ帰ろうかな。ちび達も寂しがってる頃だろうし」
ちび達というのは多分、茅野の弟と妹のことだろう。寄りかかっていた体温が離れていって、針が振れるみたいに不安定になる。
家族を話に出されると、もうちょっとゆっくりしていけば、とも言えなくなる。
家族の欠けた寂しさは、自分が1番よく分かっているから。