九重 夕里には、放課後の密やかな楽しみがある。ピンク色のスマートフォンの画面を下から上へスクロールさせながら、目に留まった写真に「いいね」を送る。
位置情報を頼りに初めて降り立った駅近くで、夕里は写真が投稿された風景を探していた。
うんうんと唸りながら、スマートフォンの中の写真と現実の風景を照らし合わせていると、スーツの男性に声をかけられる。
「君、可愛いね。お小遣い欲しくない?」
「……誰かと間違えてません?」
夕里が早足で進み始めるも、男に引き下がる様子はない。先に回り込まれて、行く道を塞いでくる。
「お小遣いはいくらもらってるの? 遊ぶお金、あげようか?」
「すみません。今急いでるので」
まさか自分が同性に性的な目で見られているとは思わない夕里は、男の言葉を無視して再び手元の画面に目を落とす。
──新手の詐欺かよ面倒くさい。もっと金持ってそうな奴に声かければいいのに。
無視を決め込んでいると、不意に腕を掴まれて夕里は仕方なしに顔を上げた。荒くなった息が髪にかかり、不快になる。
「あのー……俺、お金持ってないんで……」
掴まれたほうの手をぶんぶんと振って、その場から立ち去ろうとしたが失敗に終わった。むしろ逆に逃がさないとばかりに、さらに力を込められる。鈍い痛みに、夕里は思わず顔をしかめた。
「せめてお茶だけでも! 人がいるところならいいよね!?」
「はあ……」
一回り以上も年上のスーツ男性が、なりふり構わず迫ってくるので周りの視線が痛い。誰でもいいから助けて欲しい。通り過ぎる都会の人間は、余計なことに巻き込まれたくないといったような表情でこちらを一瞥しては、そのまま通りすぎていく。
ひそひそと言い合いながら歩き去っていく男の大学生を睨み返しながら、夕里は悔しそうに唇を噛む。
──可愛い女子高生がこうやって絡まれてたら、速攻助けられてるんだろうなー……。
スマートフォンに映し出された時刻は17時ちょうどだ。サイトのクチコミで書かれていた「確実に食べたいなら17時まで!」というレビューが脳裏に浮かんで、夕里の気分はますます沈んだ。
「本っ当あり得ないんだけど! ねぇ、責任取ってくれません……?」
夕里は頬を膨らませながら、スーツの襟をくいくいと引っ張った。威勢のいい喧嘩腰の台詞は、何故か違う意味に解釈されて返ってくる。
「わざと誘っているのかな? そんな派手な格好してるんだし、たくさん遊び慣れてるんだよね」
男は夕里の耳元で、そっと潜めるように言う。「ひっ」と短い悲鳴をあげた夕里の初な反応に味をしめたらしく、肩を強引に引き寄せてきた。
──あれ? これって、もしかしてやばい……?
「あの、ちょっと……いい加減に」
振りほどこうとしても拘束する力は強くなる一方で、次第に恐怖で身体がすくんでしまう。股を蹴りあげて逃げればいいのに、と頭では考えられるのに、足は鉛のように重くて上がらない。
「高校生相手に何やってんだよ。普通に犯罪だから」
声のした方を見やると、大人より恰幅のいい男子高校生がスマートフォン片手に夕里達に近づいてくる。
高校2年の平均身長を明らかに越していて、夕里の通う高校でもよく目立っている男だ。直接話したことはないが、茅野 舜の噂については飽きるほど耳にしていた。
「あんたが話しかけてきたところからばっちり撮れてる。これ、投稿してもいい?」
いかにも遊び慣れているふうな軽口で、茅野は保存した動画を再生する。青ざめた男はあっさりと夕里を解放すると、駅の方向へ逃げ去ってしまった。
「やめてぇ……拡散しないでっ……。明日から学校行けなくなる……っ」
「……は? お前、状況分かんねーの? 助けてやったんだから礼くらい……」
──茅野 舜って3年の先輩達も避けて絡まないくらいの不良だろ!?
詐欺師の次は学校一の不良に目をつけられてしまった。
ただ自分は1ヶ月に1回の限定スイーツを、密かに楽しみにしていただけなのに。
首を長くして待っていた日が、人生で1番不幸な日になった。
「お願いぃ……なんでも、何でもするからぁ……」
夕里は涙目で上目がちになりながら、どうか動画を晒すのはやめてください、と茅野の胸にすがりついた。
茅野は携帯をカメラモードに切り替えて、不適な笑みを貼りつけて夕里をカメラ越しに見下げた。
まるで新しい玩具を見つけたような幼い無邪気な表情が、涙でぼやけた夕里の視界にちらつく。
「泣き顔かーわい。……じゃあ、俺と付き合ってよ」
正統派のイケメン顔が近づいてきて、夕里は茅野との距離を取った。
けれどすでに遅く、カメラのシャッター音が響き、恥ずかしい顔を撮られてしまった。
夕里は訳も分からないまま、こくこくと何度も頷く。
「え? どういう意味?」と聞く間もなく、茅野の唇が涙で濡れた夕里の頬を掠めた。
「これからよろしくね。九重 夕里くん?」
夕里は熱の残る右頬を押さえながら、じろっと茅野を睨みつける。
頭1つ分以上も離されている身長では、まるで自分が中学生みたいだ。
自然と茅野の顔を見上げる形になり、夕里は悔し紛れに「バーカ」と舌を出してその場から走り去った。
位置情報を頼りに初めて降り立った駅近くで、夕里は写真が投稿された風景を探していた。
うんうんと唸りながら、スマートフォンの中の写真と現実の風景を照らし合わせていると、スーツの男性に声をかけられる。
「君、可愛いね。お小遣い欲しくない?」
「……誰かと間違えてません?」
夕里が早足で進み始めるも、男に引き下がる様子はない。先に回り込まれて、行く道を塞いでくる。
「お小遣いはいくらもらってるの? 遊ぶお金、あげようか?」
「すみません。今急いでるので」
まさか自分が同性に性的な目で見られているとは思わない夕里は、男の言葉を無視して再び手元の画面に目を落とす。
──新手の詐欺かよ面倒くさい。もっと金持ってそうな奴に声かければいいのに。
無視を決め込んでいると、不意に腕を掴まれて夕里は仕方なしに顔を上げた。荒くなった息が髪にかかり、不快になる。
「あのー……俺、お金持ってないんで……」
掴まれたほうの手をぶんぶんと振って、その場から立ち去ろうとしたが失敗に終わった。むしろ逆に逃がさないとばかりに、さらに力を込められる。鈍い痛みに、夕里は思わず顔をしかめた。
「せめてお茶だけでも! 人がいるところならいいよね!?」
「はあ……」
一回り以上も年上のスーツ男性が、なりふり構わず迫ってくるので周りの視線が痛い。誰でもいいから助けて欲しい。通り過ぎる都会の人間は、余計なことに巻き込まれたくないといったような表情でこちらを一瞥しては、そのまま通りすぎていく。
ひそひそと言い合いながら歩き去っていく男の大学生を睨み返しながら、夕里は悔しそうに唇を噛む。
──可愛い女子高生がこうやって絡まれてたら、速攻助けられてるんだろうなー……。
スマートフォンに映し出された時刻は17時ちょうどだ。サイトのクチコミで書かれていた「確実に食べたいなら17時まで!」というレビューが脳裏に浮かんで、夕里の気分はますます沈んだ。
「本っ当あり得ないんだけど! ねぇ、責任取ってくれません……?」
夕里は頬を膨らませながら、スーツの襟をくいくいと引っ張った。威勢のいい喧嘩腰の台詞は、何故か違う意味に解釈されて返ってくる。
「わざと誘っているのかな? そんな派手な格好してるんだし、たくさん遊び慣れてるんだよね」
男は夕里の耳元で、そっと潜めるように言う。「ひっ」と短い悲鳴をあげた夕里の初な反応に味をしめたらしく、肩を強引に引き寄せてきた。
──あれ? これって、もしかしてやばい……?
「あの、ちょっと……いい加減に」
振りほどこうとしても拘束する力は強くなる一方で、次第に恐怖で身体がすくんでしまう。股を蹴りあげて逃げればいいのに、と頭では考えられるのに、足は鉛のように重くて上がらない。
「高校生相手に何やってんだよ。普通に犯罪だから」
声のした方を見やると、大人より恰幅のいい男子高校生がスマートフォン片手に夕里達に近づいてくる。
高校2年の平均身長を明らかに越していて、夕里の通う高校でもよく目立っている男だ。直接話したことはないが、茅野 舜の噂については飽きるほど耳にしていた。
「あんたが話しかけてきたところからばっちり撮れてる。これ、投稿してもいい?」
いかにも遊び慣れているふうな軽口で、茅野は保存した動画を再生する。青ざめた男はあっさりと夕里を解放すると、駅の方向へ逃げ去ってしまった。
「やめてぇ……拡散しないでっ……。明日から学校行けなくなる……っ」
「……は? お前、状況分かんねーの? 助けてやったんだから礼くらい……」
──茅野 舜って3年の先輩達も避けて絡まないくらいの不良だろ!?
詐欺師の次は学校一の不良に目をつけられてしまった。
ただ自分は1ヶ月に1回の限定スイーツを、密かに楽しみにしていただけなのに。
首を長くして待っていた日が、人生で1番不幸な日になった。
「お願いぃ……なんでも、何でもするからぁ……」
夕里は涙目で上目がちになりながら、どうか動画を晒すのはやめてください、と茅野の胸にすがりついた。
茅野は携帯をカメラモードに切り替えて、不適な笑みを貼りつけて夕里をカメラ越しに見下げた。
まるで新しい玩具を見つけたような幼い無邪気な表情が、涙でぼやけた夕里の視界にちらつく。
「泣き顔かーわい。……じゃあ、俺と付き合ってよ」
正統派のイケメン顔が近づいてきて、夕里は茅野との距離を取った。
けれどすでに遅く、カメラのシャッター音が響き、恥ずかしい顔を撮られてしまった。
夕里は訳も分からないまま、こくこくと何度も頷く。
「え? どういう意味?」と聞く間もなく、茅野の唇が涙で濡れた夕里の頬を掠めた。
「これからよろしくね。九重 夕里くん?」
夕里は熱の残る右頬を押さえながら、じろっと茅野を睨みつける。
頭1つ分以上も離されている身長では、まるで自分が中学生みたいだ。
自然と茅野の顔を見上げる形になり、夕里は悔し紛れに「バーカ」と舌を出してその場から走り去った。